この20年間のスタジオジブリの画風に最も影響を与えた一人のアニメーターは山下明彦かもしれない。最初は『千と千尋の神隠し』の一人の原画家でしたが、その後『ハウルの動く城』で作画監督となり、その後ジブリのほとんどの作品でアニメーターまたは作画監督を務めました。
当然のことながら、山下氏は宮崎監督の最新作『君たちはどう生きるか』の作画スタッフの一員です。同僚のアニメーターである井上俊之が話してくれたように、山下はこの映画の中心的なアニメーターで、最も多くのカットを担当していた。だからこそ、山下に伺うことに非常に興味がありました。彼は勤勉で才能のあるアーティストだけでなく、自分の芸術に対する愛情にも溢れています。
聞き手: ワツキ•マテオ
協力: セラキ•ディミトリ、ジョワイェ•ルド、ルノー•ファブリス
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「少数精鋭で時間をかける作り方です」
Q. 宮崎監督がまた「最後の作品」を作ることを知ったとき、どう思いましたか?驚きましたか?
山下明彦: 驚きは無かったです。また宮崎作品が観られると単純に喜びました。
Q. 最初に『君たち』の制作が動いてると聞いたとき、山下さんにとって参加するのは当然のことでしたか?オファーはどういうふうにもらいましたか?
山下明彦: 2016年頃に宮崎監督によるジブリ美術館用の短編映画『毛虫のボロ』に原画で参加してました。その作業が終わってスタジオを去るために宮崎監督に挨拶をした時だと記憶しています、次の長編にも参加してくれと話を聞いたのは。
その前から監督がイメージスケッチをしているのは気づいてたので次の長編を考えているのだろうと予想していたし、宮崎作品なら内容を聞くまでもなく参加したいので「もちろん!」と即答しました。その後他社での仕事を2つ終わらせてからまたジブリに戻って来て無事に『君たち』に合流しました。その頃には絵コンテは半分は進んでいたと思います。
Q. 宮崎監督の作品に20年間携わってるんですが、『君たち』は前の現場と作り方とはなにか違いましたか?
山下明彦: 今までと一番違うのは公開時期を決めないで映像制作作業を進めたこと。
世の中の映画のほとんどが制作途中に公開時期を決めるので制作期間の後半はスケジュールに追われる悲劇が待っているのが通常です。(笑)スケジュールに合わせて作業を急ぐ事は高齢の宮崎監督には過酷なので
監督のペースでゆっくり作ろうとなりました。完成してからいつ公開するか決めようという事です。
そのための手段として今までの作品のように大人数で一気に作業を進めるのではなくて、少数精鋭で時間をかける作り方です。なので僕たちも慌てる事なくペースを保ったままじっくり作れるという、こんな環境は今後二度とないだろうというくらい平穏な制作現場だった事が今回の特徴だと思います。
絵コンテの絵は相変わらず濃密で、年齢による衰えなどまるで感じさせない出来栄え。流石だなぁと思いつつ、先述のスケジュールを気にしないで制作できる安心感からか過去の映画以上に労力を必要とする作画を要求する絵コンテで、「監督がリミッターを外して作ろうとしている・・・」と感じていました。
Q. 宮崎監督の絵コンテは非常に細かいですが、井上俊之さんによると芝居や動きはそんなに細かく指示されていません。山下さんはどう思いますか?どうやって自分の絵を守りながら宮崎監督の絵コンテを受け取っていますか?
山下明彦: 宮崎監督の絵コンテは確かに緻密ですが手取り足取り芝居の指示が書かれているわけではないです。作画打ち合わせでの説明も同様で細かい指示があるというよりどういう演出意図を表現したいか、作画の人に描いてもらいたいかの説明の方が比重が大きくて、僕たちはその意図を自分なりの解釈と表現力で作画します。
その演出意図をどこまで汲み取って表現できるかが僕たちの仕事で、そのためにアニメーションの技術力と表現力を最大限に活かせるように日々努力しています。ただ、演出意図から大きく外れない程度の範囲で何か新しい表現方法はないものかと探る場合もありますが、大体作業をこなす事で精一杯なことばかりです・・・
「本田くんは達人です」
Q. 本田雄さんが『君たち』の作画監督になるということを聞いて、どう思いましたか?
山下明彦: 前出の『毛虫のボロ』の作画監督が本田くんで、そのままほとんどの主要スタッフ達が次の長編映画に移行する感じなのでとても自然な流れだと思いました。
Q. 宮崎監督と本田さんの間のやり取りはいかがでしたか?宮崎監督とその前の作品の作監と違いましたか?
山下明彦: アニメーション表現の中でも特に人間芝居について本田くんは独自技術を確立しているのでどの作品でもその技術を活かしたいと考えている達人です。
ジブリ作品だからといってその「技」を封印して過去の作風に合わせようとせずに信念を貫こうとして宮崎監督と表現方法で対立することがあったようです。
でも結果的には本田アニメーションが過去のジブリ映画とは違う印象の作画タッチとなりある意味で新鮮な印象も生まれたのではないでしょうか。
Q. 現場に関していかがでしたか?本田さんは中心でしたか?例えば、質問があったら本田さんの方へ訪ねていましたか?それとも宮崎監督の方へ?
山下明彦: 表情の付け方、服の膨らみや影の描き方などキャラクターの描き方全般は本田くんの既に描かれた原画を参考にして描いて、参考には無い部分は自分なりの表現で描けば特に問題は起きないと思います。
なので本田くんと話す内容は仕事のことよりほとんどただの世間話だけ。
原画作業で最も留意する点はやはり演出意図に合っているかどうかなので、迷ったらすぐ宮崎監督にラフ原画を見てもらいます。足らない事があればアドバイスをもらったり、これで良いと言われたら自信を持って描けるので。
Q. 作画打ち合わせとかはどんな感じでしたか?
山下明彦: 作画打ち合わせでの監督の説明はいつもの通り絶妙なものです。今回は制作のスタッフがその説明内容を文字起こししたものも後でもらいました。話した内容を文字で読むとまたグッと深みを感じる読み物となっていて、全部まとめたら一冊の本になるはずです。出版される絵コンテが映画の設計図であれば、その本は演出意図の解説本となると思いますがそちらの出版の予定はありません・・・
Q. 作画の指示は特にありましたか?その内容は?
山下明彦: 原画を描くに当たって特別な指示は無いと思います。
絵そのものよりも良い芝居を描く事が先決なので目先のディテールはカットごとに違っていても構わず描いて良し、な現場です。
また宮崎作品ではキャラクター設定通りに描けないものがほとんどです。ストーリーが進むと共にキャラクターは成長しますが、絵そのものも文字通り変化していくというのは宮崎作品ならでは貴重な経験です。キャラクター設定はパーツを合わせるためにちゃんと見返します。でも変化した絵にも合わせるのは大変では? と思われるかも知れませんが、描き手の僕たちも同じように変化しているのでしょうね、あまり意識せずに描いても自ずとその変化に応じた結果になっているようです。その上、観客は絵的な変化には気付かずに最初から最後まで同じ絵だと錯覚してもらえるからアニメーションって上手く出来てるな、と思います。
Q. 本田さんとの出会いを聞かせてください。それはアトリエ戯雅のときでしたか?
山下明彦: 確か“アトリエ戯雅”の前身の“スタジオぱっく”(両社とも北爪宏幸社長)でだと思います。
今から2年ほど前に本田くんとの雑談の中でその話題が出た時に「ヘェ〜そうだったのか、、、」と僕の記憶が欠けていた事に気づいた事がありました。
“スタジオぱっく”は本社の第1スタジオとかなり離れた場所の少人数の第2スタジオに分かれていました。第2スタジオは僕と先輩アニメーターとの2人で7〜8人の新人動画マンを育成するという時期があったのですがその新人の中に本田くんがいたんだと。
毎晩仕事終わりにスタジオ内でみんなで夕食を摂る時間があって、交代で食事を作ってました。そうやって本田くんとも一緒に食事していたらしいのですが僕が覚えていなくて、、、
まず米を炊く係を決めるための「めし炊きじゃんけん」、僕も参加してたのですが「めし炊きじゃんけん覚えてる?」って聞いたら本田くんは覚えてるって言うので、じゃあ本当なんだなって(笑)。
自分の記憶って当てにならないものです、、、
Q. 山下さんは『君たち』の作画監督補だそうです。それはいつ決まりましたか?どうして作画監督補のクレジットがないのですか?
山下明彦: 作画監督補をずっとやったわけではないのでクレジットされてなく、ある程度の分量を受け持たないと名乗るわけにはいきません。
本田くんの補佐をするために預かったカットはいくつもありますが全体の中ではそれほど多いわけではないので。
Q. では、『君たち』の作画監督補の仕事は『ポニョ』、『マーニー』と違いましたか?
山下明彦: メインスタッフが直したり処理するには厄介で時間がかかってしまう事があり、そうなると後々の部署の作業の遅れにも繋がります。
そんな状況を避けるため、僕に回してもらって上手く処理するという作業は今までも同じようにあって、今回も迷わずいつも通りにサラサラとこなしておりました。
Q. 本田さんの絵はシャープでとてもリアルなんですが、山下さんとジブリの絵柄はもっと丸くて柔らかいと思います。そういうことで、作画監督補として山下さんはもしかして本田さんとジブリのアニメーターたちの調停をしましたか?
山下明彦: 作画に関しては作画監督の方向性に合わせます、今作品ではこっちの方向なんだなって。
この映画ではこういう表現をしたい、こういうルックで描きたいと作画監督が意図するわけで原画マンはその意図に合わせる必要があるので当然僕たちはその努力をします。
僕は過去にも本田作品に参加したことがあって慣れているつもりですが、その方向性に慣れなくて戸惑っていた原画スタッフもいて、辛そうだけど頑張っておくれ〜と陰ながら声援を贈っていました。
Q. 山下さんが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』に手を掛けた。当時は本田さんの作監の仕事ぶりや絵を見ましたか?いかがでしたか?
山下明彦: 『エヴァンゲリヲン』の原画を受ける動機は、そもそも本田くんへのお返しでした。
それ以前の作品で何度も本田くんに原画をやってもらって助かったので次の作品でお返しするよ、と言ったのがそれでした。
ただ僕の誤算だったのが、本当は人間を描きたかったのに本田くんはいわゆるメカ作監なので必然的にメカのシーンを担当することに、、、結局エヴァ同士の取っ組み合いを描きました(笑)。
レイアウト時に大雑把なラフの芝居を描いて提出するのですが、本田くんがアクションポーズの参考をいくつか入れてくれました。とても参考になった芝居に感心して、すぐに僕の次の仕事で活かしました。
ジブリ美術館用の短編映画『ちゅうずもう』で、相撲シーンのあるアクションは本田くんのエヴァのアクションが参考になっています!
Q.『コクリコ坂から』か『ポニョ』のとき、本田さんの作画を監修する機会ありましたか?いかがでしたか?
山下明彦: 『コクリコ坂から』では演出面でも協力したので幅広くシーンに関わりました。その中に本田くんの担当したシーンもありチェックをするのですが、ほとんど何も変更したりしたことはありません。
達人です。
「僕は描いていて最も楽しいのが鳥です」
Q. 『君たち』では、非常に多くのカットを担当されたそうです。どのくらい描きましたか?
山下明彦: 僕が何カット担当したという数字を制作の人から聞いたのに、その数字には大して関心がないのでカット数は正確には覚えていませんでした。
この質問を受けて改めて聞いてみたところ、全1200カットほどの内360カットだそうです。
作業スピードはいつもと変わらないはずなので期間が短い作品はそれなりの数にとどまり、今作のように制作期間が長い作品だとその期間に比例したカット数というだけのことだと思います。
それでもこの数をこなしてみると結果的に十分な手応えがありました。、
Q.『ポニョ』、『風立ちぬ』でも最も多くのカットを手掛けたそうです。その速さの秘密はなんですか?
山下明彦: まず1枚の絵を描くスピードは速いみたいです。
その次に、演出意図の汲み取り方が速いと思います。意図に沿って表現するにはどういう方法を取れば良いか、と迷う暇があったらまず描いてみて、最短距離で適切な方法を探り当てます。もう何十年もアニメーションをやってきたのでコツが分かってきているのでしょうか、近道を見つけるのが上手くなってます。
あとは何よりも第一に“せっかち”な性格なのが大きいかも(笑)。
Q. アオサギが気になるんです。山下さんはアオサギをよく描きましたか?そうだったら、参考(写真、動画など)を使いましたか?
山下明彦: アオサギもたくさん描きました、美しい鳥姿もおじさん姿も。
特に複雑な頭部はディテール参考として写真を見ましたが、本物のまんまには描かないというか描けないというか。デフォルメしてキャラクターとして描いてます。
Q. アオサギを描くと、特に面白い、それとも難しいところがありましたか?
山下明彦: 僕は描いていて最も楽しいのが鳥です、鳥全般。
特に翼が好きで、広げた翼はどの角度から見ても同じ形が無い。
ある方向からは幅広く見え、別の方向からは薄っぺらかったり細く見えたり、また羽ばたけば想像もできないようなフォルムが生まれる。そんな作画対象物は鳥以外なくてとても描いていて楽しい。難しく感じるどころか資料には無いアングルで面白く描けないかとか探る面白さがあり、それはペリカンの群れを描いても同様でした。でもペリカンは一生分の数を描いたなぁ、、、
Q. 山下さんのカットの中で、一番印象に残ったのは眞人とアオサギの直面のとき、魚やカエルが出てくるシーンです。このシーンは恐怖に近いので、絵コンテを見たとき、どう感じましたか?
山下明彦: 恐怖的な描写だと捉えるのは多分正しいと思います。
ですが僕は特に恐怖を表現しようとはしませんでした。カエルや鯉を描くのに写実的過ぎると観客が嫌悪感を抱いてしまうかも知れないし、第一写実的に描くと自分自身が気持ち悪くなりそうで(笑)!
それより、ある意味ユーモラスでも良い気がして、その異様な描写が結果的に非現実的な空間となるのは間違いないと思っていたし、その上観客が恐怖と捉えてくれたら助かります。
Q. そのシーンはスローモーションに近いんですが、どうやってタイミングを決めましたか?
山下明彦: スローモーションにしようとしたわけではありません。
大量の物や生物が同時に動く時に、にじり寄る、迫り来るという描写をしたい場合はスピードが遅い方が効果的という狙いがあるだけです。
スピードが速すぎて軽くなったから動画の中枚数を増やしてスピードを遅くしたというケースも過去にあったのでそういう経験から自ずと決まったタイミングです。
Q. そんなに多くの動物を描くのは難しかったのですか?
山下明彦: どんな場合もモブシーンを描くのは大変です。
難しさよりたくさん描くことに耐えられるかどうかの精神面の方が。今作品では同じ生物が大量なのでまだマシだったかも、種類が多い方がもっと大変なので。
「宮崎さんに近づけようとしても結局は作る人独自の作品」
Q. 大平晋也さんについて伺いたいと思います。『君たち』は珍しくほとんど修正されてないですね。作監として、山下さんはどう大平さんの作画を受け取ってますか?
山下明彦: 『君たち』の中で大平さんの絵がほとんどそのまま使われているのは、極めて特殊なシーンにしたかったからだと思います。
実際他のシーンと違って悪夢のような場面が見事に出来上がっていました。
アニメーションの特別な才能を持っている人が何人かいて大平さんもその一人です。アニメーションが面白い。
直接質問したことがあります、タイミングってどうやって決めるのかと。すると全て勘だと言うではありませんか、アクションレコーダーは使わないと。僕などは絵の技術は未熟だしタイミングはアクションレコーダーで確認して良くないところを直す日々。才能がある人ってこういう人なんだなぁってつくづく思いました。
Q.『ハウル』は、大平さんのシーンを監修した作監は山下さんでしたか?そうだったら、原画が上がったときどう思いましたか?その修正のプロセスを聞かせてください。
山下明彦: 大平さんのカットも担当しました。『ハウル』やポノック作品の『メアリと魔女の花』でも。
僕が作画監督をやってきた中で気持ちが上向きになる時があります。もちろん原画さんの良い絵や良い芝居を見たらまず嬉しくなります。
作画作業の流れとして作監修正という絵を上から乗せますが、絵の上手い原画や芝居の上手い原画にキャラクター修正を入れると自分が絵が上手くなったかのような錯覚に陥って嬉しくなることがあります。当然自分の技術は変わらないので上手くなっているわけではありませんが。(笑)
そんな錯覚を与えてくれる人の一人が大平さんで、自分では発想できないポーズや演技を見るだけではなく紙を重ねて上からなぞっていく作業はとても勉強になるのでみなさん経験して欲しいくらいです。
Q. 『ゲド戦記』『借りぐらしのアリエッティ』など宮崎さんが監督されてないジブリ作品を作画監督として参加しました。その映画で、宮崎監督のスタイルを再現しようとしたことはありますか?そうでない場合、どうやって違う絵を作るように努めましたか?
山下明彦: どんな場合も誰かを真似ただけで上手く行くとは思えません。
自分の表現力が乏しいから宮崎作品と同様な技術を借りたこともありますが結局自分の未熟さがそのまま映像に反映されてしまうのでごまかしが効きません。表面的なものを真似るだけでなくそこにどんな意図や価値観があってからなのかを考えないといけないと思います。そうやって自分なりの表現を見つけていき出来上がったものは自ずと独自の作風になるように思います。
Q. ポノックの作品はそのことに関していかがですか?スタッフの多くがジブリから来てるので、どうやってジブリではない絵を作れるんですか?
山下明彦: ジブリ作品の経験者だからといって宮崎さんと同じ技術を持っている人は一人もいません。表面的に近づけようとしても結局は作る人独自の作品、描く人独自の絵にならざるを得ません。
ジブリではない絵を作っているのではなく自然とそうなるだけだと思います。
「これぞアニメーションの醍醐味です!」
Q. ジブリ作品のレイアウトはよく色が付いてますね。それはなぜでしょうか?
色が付いてるレイアウトを描くことは特に難しいですか?
山下明彦: 比べるとすぐ分かるはずです、鉛筆一色の絵と色鉛筆の色が着いた絵。綺麗に見せたいから色を着けているわけではなく、意図を伝えやすくするためです。
鉛筆画だけで描く事も当然できますがそれには綿密に描き込まないとならず時間がかかってしまします。短時間で分かりやすくする、例えばここは草、ここは水、この部分は金属、などとするには色付けが手っ取り早い。線画だけだと分かりにくい場合、例えば次の作業をする背景美術の人が読み解く時間を要してしまいますが色が着いていると一目瞭然。
描いている自分も確認ができるし。要素が複雑に絡み合うシーンや背景原図には色を着けることで線だけだったものが面になり形の整理がついて作業が楽になります。難しくはなくむしろ楽に作業を進めるために僕は色を使います。
Q. 山下さんがジブリ作品の担当したシーンの中で、一番気に入ってるのはなんですか?
山下明彦:一番気に入っているというものはないのですが、一番印象に残っているシーンはあります。
ジブリ作品で初めて参加した『千と千尋の神隠し』、千尋とハクが自由落下するシーン。宮崎監督からの説明を解釈すると、これはリアルな自由落下ではないらしい、幸せな空気に包まれた浮遊感が必要そうだと。それがある程度表現できた気もするし、劇場作品に参加したんだなぁって感じも受け取れました。
Q. 一番むずかしかったは?
山下明彦: 難しかったといえば『君たちは』で初めて難しい〜〜って思ったシーンがありました。若いキリコとマヒトが帆掛船に乗り込むシーン。
大海原、揺れる船、かぶる大波、船に取り付くキャラクター。
一つ一つは何度も描いてきた要素で難しくはないのですが、問題は絡み合うこと。4つ以上の要素が都合の良いタイミングで絡み合わないと面白い絵にならないしカットの意図を表現するのに相応しくなくなる。というタイミングの調整に苦労しましたが、これも答えを見つける近道を編み出して何とか上手くまとめられたかと思います。
Q. 直せれば直したいシーンありますか?
山下明彦: 他の直せたら直したいものは山ほどあって書ききれない!
Q. あるシーンについて伺いたいと思います。それは『風立ちぬ』で、二郎、カストルプと里見が一緒に歌っているシーンです。気になってることは、山下さんの顔の描き方です。キャラクターは動いて、目や口などの顔の一部も動きますが、顔の形やプロポーションが崩れなくて、正確のままです。原画を描くとき、タイミングや中割を決めるとき、形が崩れないようにするため、一番気をつけていることは何ですか?
山下明彦: これぞアニメーションの醍醐味です!
形が崩れずに正確なまま、と捉えてもらえてますが、実は原画の絵を見るとどれもこれも不正確だと分かると思います。なのに同じ顔、正確な形だと錯覚してもらえるのがアニメーションなのです。僕らが日頃やっているのは正確に描くことより、むしろいかに形を変えるかを模索する作業です。大袈裟な、と思われるかも知れませんが決して大袈裟ではなく、正確な形だけを描いていてもそれだけでは「表現」にならなからです。
こういった歌のシーンやアクションシーンなどは会話シーンなどの静かな動きよりも何倍も膨よかに形を変える必要があります。
例えばほっぺたや服の袖が膨らんだり縮んだり、形が伸びたり縮んだり。
あらゆるパーツをデフォルメして動かすことでようやく表現したと言えます。それはメカであっても同様です。金属だから形は変わらないだろうというのは先入観で、僕らは常に形を変える方法を模索して表現しているのでその辺りも注意して鑑賞してもらえると嬉しいです。
Q. ジブリのキャラクターは線が少ないので、そういう表情を描くのが難しくなるんですか?
山下明彦: 線画少ないから難しいということは全くなくて、逆に線が多いキャラクターを動かす方が断然難しいと思います。
難しいと言うより線が多いと線を描く作業だけで疲れます、多分誰にとっても。多くの線を描くことで疲弊してしまい肝心な表情や身体の芝居が疎かになっては本末転倒。適度な線の量でデザインの面白さを保ちつつ芝居の付けやすさも必要で、ジブリ作品ではその二つを無視した理不尽なキャラクターを動かすことはしていないはずです。
「場面を盛り上げられるものになるかは常に模索しながらです」
Q. 『風立ちぬ』では、山下さんが多くの飛行機のカットを担当されました。それは難しかったのでしょうか?
山下明彦: 鳥を描くのが一番好きと申しましたが飛行機を描くのも同様に好き、どちらも空を飛ぶものだからという共通点がありますね、思い返すと。
以前は複葉機には興味なかったのですが、たくさん描いてみると機能美を備えた何と味わい深い形をしているのだろう、と俄然好きになりました。
どんなものでも関わってみると興味が湧くものですね。
飛行機を描くことと動かすことに難しさは無く、面白さの方が勝ってます。鳥も飛行機も画面上で一直線に飛ばす事はまずしないで、微妙に軌道をずらしたりある時は大胆に横滑りするような軌道で動かしたり。
観客は滑っているとは気づかずに自然な浮遊感と感じてもらえるはずで、そういう理屈ではない動かし方は表現としてとても面白い方法です。
Q. 飛行機の絵に関して、宮崎監督は特に厳しかったのか?
山下明彦: ほとんどの飛行機に関して宮崎監督からの特別な指示は無かったと思います。
Q. そういったシーンは、風の表現も多かったです。風のように目に見えないものはどうやって描くことができますか?
山下明彦: アニメーターは人物を描く時には身体の動きで表現する俳優の気分になる事がありますが、実際の俳優にはできない仕事もできるという特徴を持ってます。それが大道具小道具も、はたまた自然現象までも表現できる部分です。
その一つが風ですね。
例えば髪や服をなびかせる時に、そのなびきの動き幅によって見えないはずの風がどのくらいの勢いなのかを表現できる。どのくらい動かせば場面に適切な風の強さを感じさせられるかをこれも長い経験上知っているので何の苦もなくサラサラ描いております。
Q. 風は宮崎監督の大事なモチーフだと思います。その絵コンテでどんな形で表現されているのですか?
山下明彦: 絵コンテで風が吹いている絵だけの場合は、その場面の文脈を理解して相応しい風を表現するように努め、「凄まじい風」などと指示があればそのような絵を描きスピードも速く見えるようにタイムシートを決めます。ただし、ただなびいたりするだけではなく面白い動きにできるか、場面を盛り上げられるものになるかは常に模索しながらです。
Q.『透明人間』では、その風や風雲の表現を追い求めたかったのですか?
山下明彦: 『透明人間』を作る前から、物語の内容よりもまず先に「飛ぶ」ものを作りたいと考えていました。気持ちよく「飛ぶ」表現をしたかったのですが物語が固まる過程でそれが「浮く」表現へと変わりました。
浮くこと、風に流されることの裏の意味を演出表現(つまり心情描写)をしたいと思って、そのために持っているアニメーション技術を活かしてみたという順番です。
Q. 高畑監督とは仕事をしたことがないですね。それはなぜでしょうか?
山下明彦: 一度は高畑作品に参加したかったのに叶わなかったのが残念です。
僕が参加できる状態になるには遅すぎただけです。
ジブリ作品に参加できるほどに技術を身に付けたと思い、そして実際に参加したのは『千と千尋・・・』からなので高畑作品に関わるチャンスは『かぐや姫・・・』が最後でした。だったのに『風立ちぬ』の作業が終わってすぐにそちらに合流できるほど気力体力が残っていなかったように思います。
Q. 『小さな英雄』は、高畑監督が一つの短編を作る予定だったそうです。そのことについてなにか知っていますか?
山下明彦: そうです、4作品のオムニバスという計画でしたが残念ながら実現せずに終わってしまいました。
高畑作品の内容も聞いてまして、なかなか重厚な物語になりそうで映像描写も僕らには想像もできないものになりそうな気配でした。『かぐや姫・・・』の更に先の映像を観られたかも知れないのに幻となってしまいました、合掌。
このインタビューは、全文を無料でご覧いただけます。なお、このような記事を今後も出版できるように、ご支援をお願い申し上げます。
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