Fullfrontal.moeでは、宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』について、もっと知りたい、情報を共有したいとずっと考えていました。そのため、映画のスタッフにインタビューするのは当然のことだった。そこで、伝説のアニメーター、井上俊之にインタビューをいただきました。

井上俊之は、日本アニメーションで最も偉大な職人の一人であり、最も作画の歴史に詳しい人物の一人でもある。井上氏は、『アキラ』、『攻殻機動隊』、『千年女優』、『電脳コイル』、『おおかみこどもの雨と雪』など、日本アニメーションの最高傑作のいくつかに参加していましたが、『魔女の宅急便』と『君たちはどう生きるか』の間にに宮崎監督と仕事をしたことはない。

そこで今回は、井上氏と宮崎監督のこれまでの関係、『君たちはどう生きるか』の制作や作画などについて、じっくりと語り合った。

 

英語版: https://ffl.moe/boyheron

聞き手: ワツキ・マテオ

協力: セラキ・ディミトリ

日本語編集: 同心かりん、ワツキ・マテオ

このインタビューは、全文を無料でご覧いただけます。なお、このような記事を今後も出版できるように、ご支援をお願い申し上げます。

「宮崎さんには太刀打ちできない」

Q. 一年半前のインタビューで、井上さんは「『君たちはどう生きるか』がジブリ作画と本田さん[注1]の持ち味のバランスをよくとれている」とおっしゃっていました。当時はその意味が想像できなかったんですが、今は井上さんが正しかったとよくわかります。

井上俊之. そう、上手く混ざってるでしょ。実際のビジュアルを知らない人は本田くんが作監だということで本田くんのテイストがもっと出ていると想像してたかもしれないけど、かなり宮崎さんの味とジブリの味と本田くんの描き味が混ざったものになってると思う。

Q. はい、素晴らしい映画です。本当にお疲れ様でした。

井上俊之. 本当に疲れました。大変だった。(笑)

Q.『君たち』の前、『魔女の宅急便』について伺いたいと思います。宮崎監督との初めての仕事だから。まずは、どんなきっかけで参加しましたか?スタッフに入った時、片渕さん[注2]はまだ監督でしたか?

井上俊之. そうですね。

Q. ヨーロッパのロケハンに参加しましたか?

井上俊之. 僕は参加してない。僕が『魔女の宅急便』に誘われたのは『AKIRA』が終わる頃です。その『AKIRA』の現場に大塚伸治さんとジブリの人たちが手伝いに来ていて、その時大塚伸治さんに「ジブリの新作は若手だけで作る。宮崎さんはシナリオだけで、監督は片渕さん、作画監督は近藤勝也[注3]という若いメンバーで作るので井上くんもどうか」と言われました。僕は宮崎さんは現場では大変怖いと聞いていたので、宮崎さんが監督であれば僕は参加しなかったと思う。監督が片渕さんなら参加しますと大塚さんを通じてジブリに伝えてもらった。そして実際に参加するまでの間ジブリとは何のやり取りもなくて、「顔合わせがある」というので呼ばれてジブリに行くと、宮崎さんが居て「監督の宮崎です。」と挨拶されました。

僕はそれまで経緯を全然聞いてなかったのでとてもびっくりして騙されたように感じて、とても驚いた。今更辞めるわけにはいかないので参加することにはしましたけど、話が違うという風に戸惑いましたね。

Q. 井上さんは昔から宮崎監督の作品が大好きだそうですので、どうして怖かったの?

井上俊之. いろいろ怖い話が聞こえてくるわけですね。『ナウシカ』『ラピュタ』『トトロ』で何人か知り合いが参加して、宮崎さんに激しく怒られたとか、途中で降ろされた話しとかを聞いていたのです。

Q. 結局宮崎監督とのやりとりはいかがでしたか?

井上俊之. 聞いていたほど恐ろしくはなかったですが、時々は怒ってました。僕も森本晃司さんと遠藤正明さんと供に別室に連れて行かれて説教されたことがありました。学校の先生のようでしたね。

Q. でも結局勉強になりましたか?

井上俊之. 勉強になったというか、もっと自分は上手に描けると思ったけれども全然うまく描けなかった。宮崎さんの望むレベルに届かないことを痛感した。

具体的にはいろいろありますが、まずジブリ風の絵が描けない。宮崎さんのキャラクターが描けない。直前にやってたのが『アキラ』で、立体的にそのキャラクターを捉えて描くことを一生懸命やって、「アキラ」が終わる頃にはどんなアングルでもある程度立体的に描くことができるようになりかけていた。でもジブリのキャラクターは立体としての正しさみたいなものは大事ではなくて、柔らかいマンガ的な絵です。動きにしても宮崎さんの望むものは理屈や正しさが絶対ではなくて、やっぱり宮崎さんの思う情感とか感情とかがもっとストレートに出さないといけない。どうしてもその直前の仕事に引きずられて理屈で考えすぎてしまう癖が出だしていて。

もともと自分の性格が『アキラ』に向いていたんだと思います。ちょっと理屈っぽいところもあったり。そんなに頭は良くないですけど、とても理屈を考えたい性格なので、『アキラ』で自分のそういう性格に合った仕事に目覚め始めていた時だったので、そうでないジブリのやり方に戸惑ったのです。

Q.『魔女』のレイアウトは非常に複雑なんですが、それを描くために理屈は大事だったんじゃないですか?

井上俊之. もちろん遠近法などの理屈も大事だけど遠近法に忠実すぎる絵を宮崎さんは望まない。遠近法以外のいろんな知識も大事なんですが、やっぱり僕にはその知識もないです。例えば『魔女の宅急便』の世界はヨーロッパ風の世界なのにヨーロッパ風の建物を描く知識が全くなかった。そうは言いながらそのための勉強も特にしなかったので、描けなくて当たり前なんです。挫折感というと大げさだけども『アキラ』で何か上手くいきかけていたのに『魔女の宅急便』に参加して自分のいろいろダメなところ、宮崎さんの望むような動きを描けないとかヨーロッパの建築の知識、歴史に対する知識などが自分に全くないこととかが分かった。宮崎さんは本当にそういう知識もとても豊富で。

Q. アニメーターさんまでにその事を大事にしなきゃならないという。

井上俊之. そうそう。何を描いても嘘っぽいものだということがすぐ見抜かれて、「なんでこんなものを知らないんだ」とか怒られましたし、船を描いても「井上の描く船は小学生の絵だ」「船の構造を知らないだろう」と言われてしまった(苦笑)。実際に知らなかったので返す言葉もなく、自分にはいろんな絵を描くための教養とか知識がないことをわかって辛かった。辛かったというか反省しました。

「参加してよかった」

Q. そういう意味で『君たち』は井上さんにとってもしかして『魔女』のリターンマッチですか?

井上俊之. ずっとリターンマッチ、雪辱を果たしたいと思ってはいました。そういう思いはずっとあったんですけど、結局何度やっても宮崎さんには太刀打ちできない、かなわない事もまた分かっていました。宮崎さんは優秀で頭のいい人で知識も豊富だし、さらにアニメーターとしても一流で理屈だけではない、アニメーションの力みたいなものを非常に持っている人なので、とても太刀打ちできない人だということが宮崎さんのことを知れば知るほどわかるのです。

『君たちはどう生きるか』も本田くんに誘われなければ多分参加しなかったんじゃないかな。本田くんにどうしてもやってほしいと誘われたので意を決して参加することにしました。でも今は参加してよかったととても思っている。やりがいもあったし、できた作品もとても気に入っている。もう三回見た。初号で見て映画館で二回見たので合計三回見ました。もう一回行きたい。

Q. よくわかります。僕はもう4〜5回見に行ったかな。(笑)

井上俊之. すごい。(笑)

Q. 例えばの話なんですが、高畑監督がまだ生きていれば、どうですか?

井上俊之. 高畑さんであれば違ったでしょうね。高畑さんのやり方はある程度理屈で何とかなる部分もあるので、イマジネーションだけではなくて「実際に動けばこうなる」というリアリティも求められるんで、それであればある程度僕も答えられると思います。

Q. で、井上さんにとって、今回は自分の作画で満足ですか?

井上俊之. 今回は『魔女の宅急便』の時よりは上手く描けたんじゃないかな。『魔女の宅急便』から30年以上経ってますけど、その間ジブリの作品は全部見てきたし、『魔女の宅急便』は『アキラ』の直後だったので、理屈に囚われてていたんですけども、この30年の間にいろいろ僕も考え方が変わってきた。もうちょっと理屈ではないアニメーションの動きの面白さみたいなものも少しは、以前より分かるようになったつもりなんです。それに宮崎さんもお年なので、今までのようには描けない、僕が参加した時には昔に比べて描く力も弱くスピードも遅くなって、仕事に集中する時間もとても短くなっていました。なのでこんな僕でもいくらか役に立てたんじゃないかと思います。

Q. 時々動きはすごく宮崎っぽいに見えると思ったんですが、宮崎監督自身は原画とか描いたんですか?

井上俊之. 鈴木敏夫さんがインタビューで宮崎さんが「原画チェックをせず絵コンテに専念した」かのようなことを言ってたと思うんですけど、実際にはそんなことではなくて、宮崎さんはおそらく全部のカットを修正しようとはしていたはずです。でも大変なカットでは年齢のせいで集中力がなくなって途中からは本田くんに任せてしまったりしたようです。あと、昔なら直したはずの原画でも直す気力がなくなってしまったのか、宮崎さんはOKにするんだけれど、本田くんはそれが気に入らず、一から全て直してしまったことが結構あったようです。

Q. デザインの場合は、本田さんのタッチが強く感じますが、本田さんはどの程度までデザインに手をかけましたか?

井上俊之. デザインに関しては宮崎さんの原案というか、キャラクターのオリジナルのイラストがあって、それをそのまま忠実に再現しているだけなのです。今日持ってくればよかったね。(笑)本当に宮崎さんの絵をそのままトレースしただけのものなので、デザインに関して言うと90%は宮崎さんのもの。このことは今回に限らず、すべての宮崎アニメが同様です。本田くんの味が出ているものとしては、モブキャラ、その他の通行人とかがそうですね。

Q. 特に夏子のデザインはすごく宮崎っぽくないと感じたんですが。

井上俊之. あ、そうそう、それは正しい。キャラ表でも本田くんの絵でした。宮崎さんはやっぱり大人の女性の絵が苦手な様で、唇のあるキャラクターとか大人っぽい顔を描くとあまり良くないと思う。それは『紅の豚』でもそうだったし、もっと美人に描けるんじゃないかなと思っていた。近藤勝也くんのようにもうちょっとジブリの世界観にあったリアルな大人の女性を描ける人もいるんだけれども、これまではどうしてもその宮崎さんの絵をベースにデザインしていたので大人の女性は大体あまりよくなかったね。

実際の原画チェックでも宮崎さんがラフに修正して、作監はそれを基本的にはクリーンアップするだけなので、宮崎さんの絵に引っ張られてしまうんですね。おそらく本田くんも大人の女性キャラに関しては僕と同じことを思ってたんじゃないかな、、それで今回キャラクター表も眞人とか大人の男のキャラやおばあさんのキャラクターは宮崎さんの絵をそのままトレースしただけなんだけど、夏子の絵は本田くんがかなりアレンジしたんでしょう。

Q. 眞人の父も宮崎監督100%ですか?

井上俊之. 多分そうです、100%です。本田くんがデザイン面でアレンジしたのは夏子だけだと思う。キャラ表の時にアレンジしていて、作監修正の時またさらに変わって、ますます本田くんの絵になってましたね。異世界に行ってから産屋のシーンは本田くんがほとんど全て描き直したんですけど、あの時はまた絵が変わっていました。宮崎アニメではキャラ表は一応作るけれども物語が進むにつれてキャラクターもだんだん変わってくる。シーンに適したふさわしい絵に変わっていくのが宮崎さんの特徴ですけど、今回はその上に、本田くん自身もキャラクター表通り描かない人で制作が進むにつれてキャラが変わって行く傾向があるんです。これは彼がキャラクターデザインの作品でも、例えば『電脳コイル』[注4]もそうだったし『千年女優』[注5]の時もそうでした。

これは本田くんに限らないことで、日本のアニメーションの現場でキャラクターデザイナーと作画監督が同じ人の場合はよく起こるなことです。作画監督は自分の描いたキャラ表を見ないでどんどん描いていく。沖浦[注6]もそうで、『走れメロス』という作品の時キャラ表はあるんだけれども、出来上がった映画は全然キャラ表と違うんです。途中から沖浦本人はキャラクター表を全然見ないで、絵を描くので原画マンは皆戸惑った。もちろん自分の作ったキャラ表に忠実に修正する人もいますけども、どうもデザイナーと作監が同じ場合にキャラ表は無視しても良いと考えてしまう傾向があるようですね(苦笑)。

Q. キャラデザインに関して、宮崎監督の映画にはキャラデザインのクレジットはないですね。今回もそうですが、その理由を知っていますか?

井上俊之. そういえばそうですね。理由は知らないですけれど、確かにキャラデザインのクレジットは『ナウシカ』にも無かった?

Q.『ナウシカ』にもなさそうです。

井上俊之. そうですか、、それはなぜだろうね。(笑)不思議なことだと思うけど。理由はおそらく、キャラクター原案は宮崎さんだけれども、実際にキャラ表を描くのはそれぞれの作品の作画監督です。そして実際に修正する時には宮崎さんがシーンの内容に応じてキャラ表から「進化した」違う絵でラフ修正を描き、作監がそれをクリーンアップする。さらにまたその原画マンの絵が良ければそれにも影響されるということもあったりして、出来上がった画面ではこれは誰のデザインだと言い切ることが難しいっていうことがあるかもしれないですね。

Q. ああ、わかりました。ありがとうございます。

「本田くんの持ち味が『君たちがどう生きるか』によく出ている」

Q. 絵柄に戻ると、もちろん一つの映画なんですけど、いろんな絵柄があるんだと思います。ある時は『風立ちぬ』の続きに見えるし、ある時は『シン・エヴァンゲリオン』に見えるし、ある時は安藤さん[注7]とか沖浦さんのデザインに似ていると思ったんですけど、井上さんはそのことをどう思いますか?

井上俊之. そうですね。僕もあなたの意見に近いです。

僕が参加したのは割と制作の後半です。僕は2回に分けて参加したので、まず最初25カットぐらいをやって、『地球外少年少女』をやるために一旦抜けて、その後また戻ってラストシーンの20数カットをやったんです。僕が関わったのは後半だけなので、前半がどうだったかということは推測になります。

『君たち』は、絵コンテが上がった順に、AパートBパートCパートDパートEパートと順番に作ったはずです。おそらくAパートなどの初期においては宮崎さんがまだ比較的元気で一生懸命原画を直す事が出来て、本田くんも宮崎さんのやり方に割と寄り添っていた、つまり本田くんが宮崎さんのラフ修正に忠実に清書するような形でやっていたんだろうと思います。だからAパートというか物語の前半は宮崎さんの絵やキャラの演技が割とこれまでの宮崎アニメに近い。そういう意味では『風立ちぬ』っぽかったりするんだろうと思うんですね。ただ夏子が登場するシーン、駅から屋敷に着くまでは本田くんが原画を描いたシーンで、他の原画マンが描いたものを修正したのではないんです。なのでここは本田くんの持ち味が他より色濃く出ていて、それが『エヴァ』っぽく見えるのかな、、

Q. その後は近藤さんのパートですね。

井上俊之. よく知っていますね。(笑)

Q. 確認したかっただけです。(笑)でもそのAパートこそは一番宮崎監督っぽくないと思いました。

井上俊之. ああ、そうですか!?それはやや意外だけど、確かに今言ったように本田原画のシーンや大平原画シーンがあったりするので、そう感じるのかもしれないね。

Q. 特に冒頭のシーン、大平さんの原画パートの直前に、眞人が初めて登場するカットは鼻が大きくてわし鼻ですね。アニメっぽくなくて、宮崎監督っぽくなくて、びっくりしました。

井上俊之. 鼻については確かにそうですね、いつもの宮崎キャラとは違う印象ですね。途中からわし鼻が顕著になってたね。それについてはは本田くんが宮崎さんになんか言われたたようなことを言ってたんだけど、具体的にはわからないです。

Sketches of noses to show the difference between usual anime and Miyazaki’s movies.

「宮崎さんのアドバイスで」と言ってた。キャラ表では特にわし鼻の印象はなかった。ただ日本のアニメキャラって目はすごく大きいのに比べて鼻がすごく小さかったりこうなってますね。宮崎さんはそれが嫌いでそういうアドバイスしたのかな、、あの眞人もそうだし、夏子もヒミもそうです。だから横向くとこうなってますね。

Q. 眞人の父もね。

井上俊之. 極端に描くとお父さんとかこうなってたね。大人のキャラクターをこう(反ったように)描かない方がいいみたいなアドバイスがあったと言うんだけど、眞人父親似ということで良いと思うがヒミは少女なのでわし鼻でない方がいいと僕は思いますけどねえ。途中から本田くんがその形を気に入ったのか、その方が宮崎さんのOKが出やすかったのかちょっとよくわからないけれど。でもAパートでそうなってました?

Q. 眞人がまだ寝ていて、起きるカットに僕はすごく驚きました。

井上俊之.そうでしたっけ、、そこはよく覚えていないな。

Q. 宣伝がないから作画にさらに気ついてるという流れだったので、冒頭のシーンから「そのラインで行くのか?」というのを強く感じました。それは面白かったです。で、その冒頭のシーンの直後はやっぱり大平さん[注8]のシーンですね。修正がなくて、、、

井上俊之. いや、眞人には大平くんの絵のニュアンスを生かして整える程度には修正は入ってますね。大平くんの絵をそのままではなかなか動画が難しいので、動画可能なように線をまとめる。でもモブキャラとか消防隊員とかはおそらく大平くんの絵のままだと思います。

Q. 井上さんが当時いなかったんですが、修正を入らないのは宮崎監督が決めたのか、それとも本田さんが決めたのか、どう思いますか?

井上俊之. どちらか片方の判断ではなくてやはり双方の意見があったと思うんですね。意見交換、相談した結果これはそのまま行こうみたいなことになったと思います。宮崎さんも大平くんの原画はよく知っているので。

Q. でも前の作品に宮崎さんとか作監から修正をよく入れたね、大平さんの原画に。

井上俊之. そうですね、大平くんの担当が普通の日常の場面であればもっと修正を入れる必要あったでしょう。でも、あのシーンは実際に現実なのか夢なのかちょっとよくわからない、実際に起きてるんだろうけども、少し幻想的な感じに見えます。屋敷に着いた眞人が眠ってしまいこの場面をもう一度夢で見るので冒頭のシーンも眞人の見ている夢のように感じます。あともう一度大平くんの原画が出てきますね、眞人が階段の上から玄関を見ているところで眠ってしまった時に母親のイメージが出てきて、その燃える母親のイメージも大平くんです。で階段上の眞人は本田くんの原画です。宮崎さんも大平くんの持ち味を生かすにはそういう幻想的なシーンであれば修正もしないでそのままにできると、おそらく判断したんでしょう。

でも実は、本田くんは大平くんに原画を頼むことを最初少し心配してた。やっぱり宮崎作品で使うにはかなりキャラクターを整えないといけないし、修正しなければいけないんじゃないかと最初は予想していたので、宮崎さんに「大平くんで大丈夫ですか?」と聞いたと言ってましたから。宮崎さんは逆に「大丈夫大丈夫」と本田くんを説得したぐらいなので「特殊なシーンで使うので大平くん持ち味がそのまま出ても作品の作品邪魔にならない」と宮崎さんは最初から想定していた、と言うか、大平くんにお願いする前提であのシーンのコンテを描いた気がしますよ。だって大平くん以外誰にもあのシーンは描く事が出来ないでしょう(笑)

Q. 原画のキャスティングはどうやって決められたのでしょうか?例えば井上さんはどう自分のシーンを与えたのですか?

井上俊之. それはちょっとわからないね。ただ宮崎さんが納得しない人は呼べないでしょう。宮崎さんが知らない人を参加させる場合、どういう人なのかというのを説明するためにその人の仕事を見せたりしたはずです。本田くんが知っている人なら、その人がどういうものが得意で、どういうものが不得意かということを宮崎さんに説明したはずです。今は簡単にその人のこれまでの仕事をビデオやインターネットなどで見ることができますしね、その判断の基に頼んだと思いますね。

Q. 原画クレジットを見るとリアル系[注9]の黄金時代に戻った感じがしました。磯さんと沖浦さん以外はみんないましたね。

井上俊之. そうですけど、橋本晋治[注10]はいないね。

Q. あ、そうですね。

井上俊之. 橋本晋治くんは『千と千尋』しかやってないね、、あまり上手くいかなかったのかな。橋本くんに宮崎さんとはやりにくかったのかを聞いたことはないけれど。宮崎さんも橋本くんの実力が結局わからずじまいだったんじゃないですか。橋本くんは大平くんに引けを取らない才能の持ち主なので、残念な事です。

Q. さっきの話に戻ると、『君たち』全体の魅力は客アニメーターのタッチが感じることですね。ある意味で、本田さんのおかげでなんか『ナウシカ』の時に小松原さんとのコラボの繰り返しじゃないですか。

井上俊之. 実は僕は『ナウシカ』がとても好きです。日本のアニメーションだとよくあるんですけど、その原画マンの個性が少し画面から感じられる方が好きなのです。僕がアニメーターだからかもしれませんが。無秩序に全然違うものがあまり出てくるのはよくないと思うけど、ある程度コントロールされていて、その上で画面から担当したアニメーターの個性が感じられると僕は嬉しいので、そういう意味でも『ナウシカ』が好きなんです。

なかむらたかしさんであったり金田伊功さんのシーン、、、そのなかむらさんが描いた王蟲が出てくるシーンとか、非常になかむらさんらしさが場面にマッチしていて、アニメ作品におけるアニメーターの仕事として理想だと思っています。『君たちがどう生きるか』では僕がスタッフなので客観的には見れないけれどもあなたにそういうふうに見えたのであれば嬉しい。
ただ多くの場面で本田くんが全面的に修正しているので、本田くんの持ち味が出てるシーンがとても多いです。本田くんはかなり幅があって、リアルアニメーターの顔もあるし、漫画的な絵もうまいし、ジブリ風にも描けると言う、その本田くんの持ち味の幅広さが『君たちがどう生きるか』によく出ている結果だと思います。

ちょっと今反省しています

Q. 本田さんは作監として中心になりましたが、宮崎監督からの指示はありましたか?動きについてとか。

井上俊之. 実は具体的な指示はあまりないんですよね。もっと具体的に宮崎さんが説明したりラフを描いてくれた方がやりやすいんですけれど、それをアニメーターの判断に宮崎さんも任せるところがあるんです。そして元気であればアニメーターが描いてきたものを「叩き台」って言うんですけど、下敷きにして、その上から宮崎さんの色をどんどん乗せていくのが宮崎さんのやり方なんですね。「宮崎さんならどう描くだろうか」と我々原画マンは考えて描くんだけれども、そのままOKになることは少なくて、殆どの場合は宮崎さんが原画修正するための叩き台です。そんなに直すくらいならまず最初に宮崎さんがラフ原画を描くのが効率的で良い思うんですけどねえ。

Q. 絵コンテの方はいかがでしたか?

井上俊之. 絵コンテを実は持ってきたんですよ。

Q. え。(笑)

井上俊之. 『風立ちぬ』の絵コンテはあんまり見たことがないんですけど、今回はもう宮崎さん目も悪くなっていて、絵が以前に比べてルーズになってますね。

Q. (絵コンテを見ると)失礼します。色がついてますね。

井上俊之. 最初はカラーでしたね。でも途中で諦めてますけどね。

Q. (駅のシーンを観る)ああ確かに夏子は絵コンテと本番がだいぶ違いますね。

井上俊之. もっと本田くんの絵になったね。ちょっと『千年女優』っぽいですね。

Q. そうですね。特にその本田さんが描いた産屋のシーンですね。その立体感が凄く今敏さんの映画に似ていると思いました。初めて見ると、安藤さんか井上さんのカットじゃないかと思ったんですが。

井上俊之. そう思った人もいるみたいですけど、本田くんの修正原画ですね。修正原画というか本当にほぼ彼の原画と言って良いと思います。

もとの担当者はジブリの人だったんだけれども、ジブリの人と本田くんは実はあまり相性が良くないんだと思う。本田くんはやっぱりシャープな線でクリアに描きたいんだけど、ジブリの人は柔らかい線で「ふわっと」してるというか悪くいえば「ぼやっと」してるんです。本田くんはそういうのはあまり好きでない、、、近藤勝也と山下明彦さん[注11]は別ですけど。本田くんはとても尊敬しているので山下さんの絵はほとんど直さないし、近藤くんのも直すとしても近藤くんの絵を生かして直すので修正されていても近藤くんだと判ること多い。でもそれ以外のジブリの人については、宮崎さんはその人たちがどういう原画を描くかよくわかっていてその人たちが得意なシーンの原画を任せているので宮崎さんのチェックは通るんだけれど本田くんのところで止まってしまうことが多かった様です。

Q. ええ。

井上俊之. このシーンは本当に大変で、まず夏子、眞人を張り付く紙で隠れる部分も全て描いた後、張り付いていく紙を別紙でその上に描きました。

Q. それは全部1コマ打ちですか?

井上俊之. そうですね、多くのカットで1コマ撮りですね。

Q. 井上さんの場合はタイミングをどうやって決めるんですか?

井上俊之. 1コマ撮りで描くのは大変なので2コマか3コマで描いてます。というのは1コマだとどうしても動画で中割できるように原画を描かないといけない。2コマとか3コマだったら中割りを入れないにして原画でコントロールしておけばいいんてす。1コマ作画では動画の人がちゃんと中割出来るようにどのパーツがどこにどう行くかっていうことを分かりやすく指示しておく必要があって、それがとても面倒くさいですね。自分で動画すれば話は別ですけど、そうかと言って1コマで全部原画で描くのは不可能というか現実的ではない。大平くんはやりますが(笑)

Q. 原画家について、あるシーンが凄く気になります。それはアオサギが眞人を呼んで、魚が出てきて、カエルが眞人の身体に上るというところです。映画の中では一番印象的なシーンだと思ったんですが、原画家は?

井上俊之. 原画は山下明彦さんです。山下明彦さんはたくさん原画をやっていて、修正の手伝いを含めるとおそらく全体の四分の一ぐらいやってると聞きましたね。400カットぐらいやってるって聞きました。

Q. 井上さんは伝説的に早いのに、井上さんの場合は違いますね。

井上俊之. 僕は50カットぐらいしかやってないです。やったのは映画の後半だけで本当に手伝い程度です。

Q. それはフィナーレのシーンですね。眞人と夏子があっちの世界から出るところ。

井上俊之. そうです。

Q. それだけですか?

井上俊之. いえ、2シーンやってます。フィナーレのシーンは2つ目で、現実世界に戻って塔が崩れてペリカンたちがたくさん逃げて来て、サギ男との別れのまで担当しました。1つ目は眞人とヒミが試しに現実世界に出たところへ、お父さんが来てセキセイインコの群れと格闘するところ。

Q. 動物の作画は難しそうだから、インコたちの作画は難しかったのかな?

井上俊之. (笑)そう、ペリカンもインコも描いたことないので難しく、しかも沢山出てきて本当にそれが大変。(笑)ジブリ以外ならデジタルでコピーペーストができるんですけど、コピペだと宮崎さんが原画段階でよく判らないから、「原画で全部描け」と言うことでした(苦笑)

Q. 何匹ぐらい描きましたか?

井上俊之. わからない。(笑)いっぱい。たくさん。

Q. 変化もすごく難しいでしょう。

井上俊之. 難しいんです。サギ男のも。

Q. そのサギ男との別れもよかった。背景が黒くなってカメラが回って、それがすごく良かった。

井上俊之. それは嬉しい。

Q. でその後のカットは?

井上俊之. また山下さんです。でラストは近藤勝也くんかな。

Q. じゃ、屋敷の中のシーンはだいたい近藤さん?

井上俊之. 確かに屋敷の中を沢山やってますが、婆さんたちの登場シーンは大塚伸治さんです。近藤くんはあっちの世界も沢山描いてますよ。

Q. みんなたくさん描いてるんですね。井上さんのカットで印象に残ったことは眞人のお父さんの芝居です。リアルなんですが、動きは大きいし、いつも感情がすごく強いですね。

井上俊之. 宮崎さんにはそれをとても求められるのです。最初は僕がもうちょっとリアルにおとなしく描いてたんだけど「そうじゃないそうじゃない」と言われて割とアドバイス受けて描いた。その結果あまり直されずに使ってもらえたようです

Q. 井上さんは写真とかを参考にしましたか?例えばペリカンの写真。

井上俊之. ペリカンを描いたことはないので、 写真はたくさん見ましたし、飛んでいる姿などの映像も見ました。改めてそれらを見て感じたのはペリカンってとても翼が長いこと、すごく細くて長いのが印象的だった。そのせいでフィナーレの塔から逃げてくるペリカンの羽をちょっと長く描きすぎてしまって、いくらなんでもちょっと長すぎたなと思ってちょっと今反省しています。

「お手本ですね、宮崎さんの作り方っていうのは」

Q. 非常に変な質問ですが、鳥が出てくる時にいつも鳥の糞も見せられますね。

井上俊之. 僕も描きました。(笑)

Q. 絵コンテにも描かれてるんですか?

井上俊之. 絵コンテにもあると思います。

Q. それはどうしてだと思いますか?宮崎監督はなんか鳥が嫌いなわけですか?

井上俊之. どうだろう。(笑)鳥って本当にところ構わず糞をしますよね。多分そういうイメージがあったからかな、宮崎さんの中で鳥というのは所かまわず糞をするもんだ。それが鳥なんだって。

見ての通り、絵コンテでは芝居や動きに関してそんなに細かく描かれてないですね。最近の絵コンテだと原画マンが困らないようにやるべき芝居を事細かく指示します。絵コンテの段階で描いておくことが多くなりましたね。原画マンはそれを清書するだけみたいになってきました。宮崎さんの場合はレイアウトの時ですら芝居に関してはあまり多く描かず、原画の時にどうやって動かすか、どんな芝居にするかということを具体的に考えることが多いです。

そして、原画マンが描いた原画に対して宮崎さんが改めてもう一度考え直して、絵コンテに描かれてないようなこともどんどんプラスアルファしていくのです。ただ、細かい芝居以外は宮崎さんの絵コンテですべて、構図、カメラワーク等は完璧に決まっている。特殊な撮影方法なども絵コンテ段階で考案されていること多いです。それは『カリオストロの城』とか『ナウシカ』の頃からそうです。誰かが言ってましたけど「映画が完成した後絵コンテ作ったみたい」と。

つまり、宮崎さんの絵コンテ初めて見た人の中にはあまりにも映画が絵コンテの通りなので、映画を作った後に販売用にでっち上げた絵コンテだと感じる人もいる様です。普通はレイアウトの時に変更したり実際に原画を書いてみるとちょっと何かが足りない気がしてカット追加したり逆に削ったりするということもありますけど、宮崎さんの場合にはそれが全くない。

Q. 話はちょっと違うんですが、今監督の絵コンテもすごく細かいですね。

井上俊之. そうですね。

Q. 宮崎監督との違いはなんですか?

井上俊之. そうですねー。今さんも絵コンテを上がった後カットの繋ぎ方を変えたりということは殆どしなかったですけど、、、

Q. 今監督は元々アニメーターじゃなくて、アプローチが違うじゃないですか。

井上俊之. 違いますね。今さんが絵コンテを細かく描く理由は拡大してレイアウトにしてしまおうという判断があったからなんです。宮崎さんの絵コンテはそのまま拡大してもレイアウトにはならないです。それほどパースが正しかったり細部が正確だったりするわけではないので。

Q. で、撮影の方はいかがですか?よくコントロールするんですか、宮崎監督の絵コンテは。

井上俊之. します。しますし、そのカメラワークとか撮影方法、今はコンピューターでいろんなことできますけど、カメラで撮ってた時代でもいろんな工夫をよくしてました、宮崎さんがね。宮崎さんが発明した撮影方法とかいっぱいあるんですね。そのセル画時代は撮影手法が限られていて、ダブラシとかスーパーインポーズとか、あと物をぼかすとか。それらの限られた技法をいかに効果的に単独あるいは組み合わせて、非常に効果的な撮影方法を考えました。どうすれば効果的に見えるかということを非常によく工夫していた。

Q. もともとレイアウトを担当したから、そういうことによくこだわったでしょう。

井上俊之. レイアウトを大量に描いた経験は大きいと思います。もともと才能があった上にレイアウトマンの経験がそれをさらに高めた。狙い通りの画面を作ること彼はとても得意だった。今見ても宮崎さんがセル画時代に作った作品は非常によく工夫されていて古びていない。本当にお手本ですね、宮崎さんの作り方っていうのは。

そうそう、大きな違いと言えば、今さんの絵コンテはアニメーターの力に依存していない、つまりカットの内容があまり難しくない様に設計されていることでしょうね。それに比べて宮崎さんの絵コンテはアニメーターの作画力が弱いと成立しない、難しい上にとても大変な内容になっています。それが最も大きな違いでしょう。

描く内容によって自然とそうなっていく」

Q.『君たち』に戻ると、気になったところはアオサギです。本当のアオサギを見ると、小さくて脆いように見えるんですが。でも映画のアオサギはなんか、

井上俊之. 大きいですね。

Q. そうそう。井上さんがAパートに参加しなかったけど、そのことはどう思いますか。デザインとか、作画についてとか、、、

井上俊之. 僕が描くとやっぱりもうちょっとリアルに本当のアオサギをもっと勉強して描いたと思うけれど、宮崎さん自身はあんまり写真とか見ないようです。あまりサギは描けなかったのでもっと描きたかったね。鳥を描くのは好き、と言うか動物を描くのは好きですね。実は人を描くのはあまり好きじゃない(笑)、、人の顔を描くのが苦手なんです。

Q. 後半で、井上さんのシーンと含めてアオサギはちょっとグロテスクに見えるでしょう。怖いか滑稽かわからないと。

井上俊之. そうですね。とても怖かったですね、最初。

Q. アオサギだけじゃなくて、前半と後半は雰囲気が全然違いますね。

井上俊之. 全然違いますね。

Q. 作画のアプローチは違ったと思いますか?

井上俊之. 特にそういう指示があったわけではないけれども、それは描く内容によって自然とそうなっていくんだろうと思います。前半はとてもシリアスで怖くて静かで、ゆったりとしたリズムで展開するので。もともと本田くんの持ち味でリアルアニメーターとしての側面が前半は出やすいだろうと思います。後半はもっとコミカルになっていくので、特にサギ男が漫画的になっていくのでそれに合わせて作画も変わります。かつて『未来少年コナン』みたいな漫画映画を作っていた時代の宮崎さんの味が出てくる。それは宮崎さんが「そうしてくれ」という注文したわけでもなくて、本田くんもそれを我々原画マンに「ここもうちょっと漫画っぽく」とか説明はしなかったです。それは絵コンテを読めば大体わかることなので、そのコミカルなサギ男をリアルなテイストで描くと違和感になる。やっぱりカットにふさわしい描き方を「自然と」したと思います。

Q. その辺で、インコたちが祭りをやっていて眞人とサギ男が忍び込んでいるシーンは『カリオストロの城』っぽいじゃないですか?

井上俊之. ここは安藤雅司の原画です。宮崎さんも本田くんもほとんど修正してないんじゃないかな。

Q. この後の塔の中は大変そう、、、

井上俊之. ここも安藤くんです。大変でしたね。結構たくさんやってる。

Q. では、インコのコミカルな部分は大体安藤さんですか?

井上俊之. そう、この辺はそうですね。インコ大王が出てきたあたりからです。

Q. 制作期間は長かったので、締め切りとかスケジュールに関しては他の現場と比べて優しかったのか?

井上俊之. そうですね。スケジュールは比較的余裕ありましたね。『魔女の宅急便』の頃は宮崎さんは午前10時ぐらいに会社に来て夜の12時ぐらいまで仕事をしていて、みんなも付き合わざるを得なくて大変だった。今回は午前中には来るけれども、夜の8時ぐらいには宮崎さん疲れて帰ってしまうので、皆もそれで帰ることできてよかった。それでも本田くんは会社にいる時間では終わらないカットなどは家に帰って仕事したりで大変だったはずです。それは原画マンも同じで時間の余裕はあるけどカットの内容が大変だったので精神的には全く余裕はなかった。特に山下さんは大変だったと思います。責任感が強い人なので自分が頑張らなければこの作品が完成しないと思っていたはずです。

Q. 今回はみんなスタジオにいましたか?アニメーターは。

井上俊之. ほとんどの 原画はいたと思います。外で作業した人も何人かはいました。僕は月曜と木曜日だけ出社して仕事してました。

Q. 井上さんは一番気に入っているカットとかシーンはありますか?

井上俊之. そうねどこだろう。(考える)産屋のシーンは映画の中でも一番インパクトがあって盛り上がって、あそこでちょっと盛り上がりすぎるくらいに僕は感じた。(笑)あそこで映画が終わってしまいそうなぐらいに盛り上がって、それは『天空の城ラピュタ』の時にも同じように感じたことがあった。パズーがシーターを救出するシーンが一番盛り上がってしまって、後半は失速するわけではないけれどもちょっとバランスがおかしいとね。(笑)映像的にもとてもリッチで物語的にも音楽的にもあそこ一番クライマックスで本当にそこが好きですね。

どこが一番印象的だったかと聞かれるとあそこですけど、他にもいっぱいあったかな。全体が好きなんですね。

「全部の映画がすべて分かる必要はない」

Q. すみません。難しい質問でした。(笑)

井上俊之.『君たちはどう生きるか』を見たフランス人のお友達は何と言ってましたか?気に入りましたか?

Q. 気に入りましたが、ちょっと複雑だからみんながよくわからないと言ってます。日本人も同じだと思いますが。

井上俊之. よくわからないけれども面白いと思うし、後半でよくわからないところもあるけどとても印象的な問いかけがあって、それはそれで面白く見られると思います。完全に分かるのは多分不可能だと思うんですね。宮崎さん本人も分からないって言ってたから、完全に分かるようには作られていないので。

Q. 宮崎さん自身の分からないことを映画に入れたという感じがしました。

井上俊之. そう、それでいいんだと。全部の映画がすべて分かる必要はないと思います。

Q. スタッフの感想はいかがでしたか?

井上俊之.  あまりこの映画の感想をスタッフで話し合ったことはないのですが。僕は毎日ジブリに行ってなくて仕事は家でやっていたので。でも本田くん自身はとても『君たちがどう生きるか』を気に入っている。大好きになったみたいなの。彼は辛口で、自分が関わった作品をあんなに褒めているのを見るのは珍しいことです。そういう意味では本田くんが気に入ってるっていうのはちょっと珍しい。

Q. 井上さんのこれからのプロジェクトとか企画はありますか?

井上俊之. いろいろ仕事は頼まれていて、ただ僕はもう62歳で、あと10年描けるかなあ?宮崎さんは80歳ですけどね。僕が宮崎さんと同じ歳まで描けるならあと20年あるんですけど、原画の仕事をやるのはだんだん目も悪くなってきてだいぶしんどくなってきました。同じ年齢の同世代の仲間に比べたら僕はまだ元気に仕事してる方なので、まだまだできるとは思うけど自分で監督をしたりすることはないと思います。あくまで一原画マンとして仕事をしていくと思います。

Q. 絵コンテぐらいはどうしてやりたくなかったんですか?

井上俊之. 宮崎さんほどの絵コンテが書けるならやりたくなるでしょうけど。宮崎さんの様に描けないのは明白。今敏の様に緻密に描くこともできないし、沖浦や細田さんみたいに描くこともできない。僕が絵コンテを描く理由がない。

Q. キャラデザインも同じですか?

井上俊之. キャラデザインもそんなに好きじゃないし、得意じゃない。あんまりデザインのイメージ、アイデアがそんなにないので、僕はやっぱり原画のアニメーターをやっているのが楽しい。僕の様に原画だけをやる人もいないと困るんですね。皆がデザインや演出をやりだすと原画は誰に頼んでいいかわからなくなってしまう。やっぱり原画上手な人には原画をやってほしいと思います。最近は若い人は皆演出をやりたがったり、絵コンテを描きたがり、原画を描かなくなる傾向がある。才能のある若いアニメーターが増えてきたのにとてももったいない。
若くて才能豊かな人は日本以外でもとても増えた増えた印象ありますね、それこそフランスのアニメーションもとても素晴らしいものがたくさんあるので、見るのが楽しみな作品がたくさんあって。

Q. 井上さんは海外のアニメーションをよく見てるんですか?

井上俊之. よく見る方ですね。日本のアニメーターってあまり海外の作品に興味がない人が多いですね、不思議なことに。僕はディズニーは古いものも新しいものもよく観ますし、ヨーロッパで作られているものや中国のアニメーションなども、本当に良いものはなんでも見たい。手法に関しても2D3D、人形アニメでも。キリがない。たくさんありすぎて見切れない。

Q. そうですね。(笑)

井上俊之. でも最近はインターネットで海外の人が様々な映像を上げてくれるので、それだけを見て十分満足してしまうことが多くなって、、最近の作品でも若い人達が作った『ワンピース』とかもすごくいい。でもこれもネットに上がっていた一部分だけしか見てない。

Q. というところで、これは多分海外のファンのみんなが言いたいと思いますが、いつもTwitterであのカットは誰々が描いたのを井上さんがいつも教えてくれるので、ありがとうございます。

井上俊之. 僕が知る範囲で分かるもので間違いを見つければ、正す。そういうことができるのがインターネットの良いところで、事実を知っている人が本当の情報を書き残しておけば、おそらくあなたの様な熱心な研究者が見つけてこれは事実に違いないということが今後も残っていくと思います。だから曖昧なことは書かない様にしています。自分が確実にこうだと知っていることだけ、井上俊之が認定しましたということがインターネット上に残れば少しは価値のあることになるんじゃないか。

Q. わかりました。誠にありがとうございます。

脚注

1. 本田雄 (1968-) アニメーター、キャラクターデザイナー。『君たちはどう生きるか』の作画監督。師匠というニックネームで知られている。ガイナックス出身で、「リアル系」アニメーターとして多くの作品に参加した。キャラクターデザイナーとしての代表作品は『電脳コイル』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版: Q』など。

2. 片渕須直 (1960-) 監督。スタジオ日本アニメーション、テレコム、ジブリ、マッドハウスで活動をしていて、今は自分のスタジオコントレイルで新作の『つるばみ色のなぎ子たち』を作っています。代表作品は『マイマイ新子と千年の魔法』、『アリーテ姫』、『この世界の片隅に』。当初は『魔女の宅急便』を監督する予定だったが、演出補になった。

3. 近藤勝也 (1963-) アニメーター、キャラクターデザイナー。スタジオジブリの中心なメンバー、原画・作画監督・キャラクターデザイナーとしてシブリの作品によく手をかけています。特に『魔女の宅急便』のキャラクターデザインと『崖の上のポニョ』で有名。

4.『電脳コイル』2007年TVシリーズ、マッドハウス作品、磯光雄監督。伝説アニメーター磯光雄の監督デビューで、2000年代の最高のアニメシリーズの一つとして評させています。

5. 『千年女優』2001年映画、マッドハウス作品、今敏監督。今敏の2作目。本田雄のキャラクターデザイン・作画監督作品として、リアル系アニメの代表作品である。

6. 沖浦啓之 (1966-) アニメーター、監督。アニメアール出身。『アキラ』に参加し「リアル系」アニメーターとして知られるようになって、作画の恐るべき解剖学的正確さで知られています。監督としての代表作品は『人狼 JIN-ROH』『ももへの手紙』。

7. 安藤雅司(1969-)アニメーター。スタジオジブリの元メンバーで、今敏監督の最も親しいコラボレーターの一人となる。片渕須直監督の次回作『つるばみ色のなぎ子たち』にも参加予定。

8. 大平晋也 (1966-) アニメーター、キャラクターデザイナー。日本のアニメーション界で最も急進的なアーティストの一人で、非常に緻密で表現主義的な作画で知られています。 1990 年代のリアル系アニメの主要メンバーで、今は実験的なものに近づいています。 『紅の豚』以来、宮崎駿作品によく参加しています。

9. リアル系。『アキラ』の前後に結成されたアニメーターのグループ。スタイルやアプローチはメンバーによって大きく異なるが、この「派」は1990年代を通して日本のアニメを大きく変わりました。より詳細なレイアウトや人体の解剖学的構造や動きをより正確に再現する方向に持っていった。代表作は『アキラ』『攻殻機動隊』『人狼 JIN-ROH』など。 主なメンバーには井上俊之、沖浦啓之、磯光雄、橋本晋治、うつのみやさとる、田辺修、本田雄など。

10. 橋本晋治 (1967-) アニメーター、キャラクターデザイナー。1990年代初頭から大平晋也と親交があり、リアル系の主要メンバーの一人である。デフォルメを多用する点で、大平氏と作画が似ているが、橋本氏はあらゆる作風に対応できることでも有名で、スタジオジブリ作品の常連である。

11. 山下明彦 (1966-) アニメーター、キャラクターデザイナー。『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』のキャラクターデザインで知られて、『千と千尋の神隠し』以来ジブリ作品によく参加しています。『ハウルの動く城』の作画監督になった後、ジブリの主要メンバーになりました。

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