谷口悟朗は1999年に『無限のリヴァイアス』でTVシリーズの監督デビューして以来、日本のアニメーション界で最も独創的な監督の一人である。谷口監督の作品は、SF的な側面とオーバーな物語で知られている。
2023年8月に谷口監督にお会いした時に、『プラネテス』、そして17周年を迎える『コードギアス』でその二つの側面について話し合うことでした。
谷口悟朗は、単なるトップクラスのアニメ監督ではない。非常に率直で、現代メディアへの造詣が深く、現在と未来のトレンドに鋭い目を向けている。作品だけでなく、日本と世界のアニメーションの過去、現在、そして未来について語り合った。
英語版: https://ffl.moe/CG
聞き手: ワツキ・マテオ
協力: セラキ・ディミトリ、 ジョワイエ・ルド
日本語編集者: アイリーン、ワツキ・マテオ
このインタビューは、全文を無料でご覧いただけます。なお、このような記事を今後も出版できるように、ご支援をお願い申し上げます。
「高畑勲監督はもう人間ではない所に行ってしまった」
Q: 谷口さんのサンライズ時代の作品は全部第4スタジオで制作されましたと思いますけど…
谷口悟朗. あー、それは違います。テレビでの初監督作である『無限のリヴァイアス』は高橋良輔さん[注1]の『ガサラキ』という作品を作っていた第9スタジオで作りました。その次の『スクライド』という作品は第7スタジオで、『ガオガイガー』、『BRIGADOON まりんとメラン』、『ベターマン』米たにヨシトモ監督作品を作っていたスタジオなんです。第9と第7、スタジオナンバーは違うんですけれども、当時のサンライズでは第3事業部と言われていたところで、つまり同じ事業部なんですね。途中で事業部の名前が変更して第2事業部になったので、資料だけ見ると間違えやすいのですが。ともかく、私はその事業部で監督をしていたんです。ところが『スクライド』まで撮ったら、事業部長と事業部長のサポートをしていたプロデューサーがサンライズをやめてしまった。
Q: へえ、そうですか。
谷口悟朗.「マングローブ」という会社を作って独立してしまいました。そのため事業部で仕事していた人たちはバラバラになっちゃったんですよね。仕事をなくした私は、当時の社長である内田健二さんの指示で第2スタジオに行くことになりました。富野由悠季さん[注2]の『OVERMANキングゲイナー』という作品があって、その『キングゲイナー』を作っていたスタジオです。そこで撮ったのが『プラネテス』です。
Q: 『プラネテス』のメインスタッフはやっぱり『スクライド』からじゃなくて『キングゲイナー』から来ましたね。
谷口悟朗. ああ、そうですね。ただ、編集や音響など、スタジオ外で作業する人たちは『スクライド』までのスタッフも呼んでいます。
Q: その理由は同じスタジオだったから?
谷口悟朗. スタジオの中で作業する人たち、ということですよね?そうです。そうです。同じスタジオだったからですね。
Q: 『キングゲイナー』のチームはみんな若くて才能があったんですね。それを感じたのでしょうか?
谷口悟朗. 勿論才能のあるメンバーだったんですけど、ただ一つ困ったのは、その前に富野由悠季監督の作品をやっていたから、その方で整えられていたチームでした。「富野由悠季監督のやり方はこうかもしれないけど、私のやり方はこうなんです」というのを伝えなければいけなかったんですよね。なぜそうなのか言わないといけないし、しかもややこしいことはメンバーの何人かはスタジオジブリ出身です。
Q: ああ、じゃ宮崎監督のやり方も…(笑)
谷口悟朗. ジブリスタイルと言いますかね、思考法とか。そうなると、私としてはスタッフに感覚ではなくロジックで説明しなければならない。自分なりのロジックで「こういう考えで、こういう形で…」と伝えなければならないのがちょっと難しかった。
Q: そのロジックのところは、谷口さんが高橋監督の影響を受けたんですか?
谷口悟朗. そうですね、私はどちらかというと高橋良輔監督の方の弟子筋ですからね。でも最も影響を受けた監督は高畑勲監督[注3]ですよ。でも高畑勲監督から直接の教えを請ったわけではないので、あくまで客観的にみたり、高畑勲という人の撮り方を本で読んだり、映像を観て「ああー、そういう考えでやっているんだね」と学んだわけです。とはいえ、それは実務ではない。だから、私がスタッフと意思疎通しやすいように『プラネテス』は演出メンバーの所に私は昔からの知り合いを呼んだりしているんです。
Q: 高畑監督の一番好きな作品は?
谷口悟朗. 高畑勲監督の作品は私はどれも好きなんですけど、一番好きなのは…一番衝撃を受けたのはやっぱり『アルプスの少女ハイジ』[注4]ですね。子供時代に観て、その後高校時代に見直して、衝撃を受けました。
Q: よくわかります。僕の場合は世界名作劇場というと『赤毛のアン』[注5]です。
谷口悟朗. それは私も大好きです。他には『セロ弾きのゴーシュ』[注6]ですかね。これがテレビや映画館で見られる作品じゃなかった。だから必死になって観られるところを探して観に行ったんです。『ハイジ』と同じショックを受けました。なんだか打ちのめされましたね、当時。これをやられたら、ちょっと「どうやってここにたどり着けばいいんだ」と思ったんです。
でも最終的にはやっぱり『かぐや姫の物語』ですね。最後の作品を観て「ついにこの人は人間の目線ですらなくなってしまった」みたいな、もう人間ではない所に行ってしまったと思いました。どんなクリエーターだろうと最後は自分にしか興味がなくなるのか、もしくはそうじゃない目線に飛んでしまうのか、どちらになると思うんですけど、宮崎駿さんは自分にしか興味ない所に行って、で高畑勲さんは空の彼方に上がっていた。(笑)
Q: 同意です。(笑)では、『君たちはどう生きるか』のご感想は?
谷口悟朗. 宮崎さんが『風立ちぬ』で自分を立派にみせたいところが多く出てしまったから、もっと自分の中のドロドロした部分も見せたいなーと思ったらカルト映画になっちゃった。(笑) 私の中では二本でセットだと思っていますよ。
「アニメーターとして、千羽由利子さんは一流です」
Q: ありがとうございます。(笑)『プラネテス』に戻りましょう。『プラネテス』のスタッフというと、大河内一楼さん[注7]との初めての仕事でしたね?
谷口悟朗. そうです。
Q: 大河内さんとの出会いやコラボについてお聞かせください。
谷口悟朗. 最初に、湯川淳プロデューサーから「脚本を大河内にどうだろう」と言われました。私がNOしたんですよ、「大河内はありえない」と。なぜかというと、その前の彼の仕事『キングゲイナー』の一話の印象が良くなかった。観客に親切なつくりじゃなかったんですよね。だから私は「こんな分かりにくい話を書くような脚本家はいらない」と言ったんです。そうしたら湯川プロデューサーが「いや、違う」と。「ちょっと『キングゲイナー』の脚本と富野監督のコンテ両方持ってるから見てくれないか」と言われて、見て、読んだ後で私が湯川プロデューサーに「私が間違ってました」と謝りました(笑)。大河内さんの脚本はすごく分かりやすい。何か理由があって映像は少し複雑なことになっているけれど、脚本としては問題ない。大河内さんで行きましょうということになりました。
Q: で、どうして大河内さん以外の脚本家に脚本を書かせてもらえませんでしたか?
谷口悟朗. 大河内さんと組んだのは、一つはプロデューサーの推薦です。もう一つは組んだことがないから一回組んでもいいかなと考えたからです。実際に仕事を始めてみて分かった彼のいいところは、ビジネスというものを理解している、いい意味で。この企画で絶対に押さえなければいけない所、守らなければいけない所をちゃんと理解している上でやってくれるということ。あと、自分の考えを押し通そうとする脚本家だと私はぶつかっちゃうんですけど。(笑)大河内さんは私の考えをいい意味で受け止めてくれることです。だから、特に他の人を探す理由が見当たらなかったんですね。
Q: ありがとうございます。『プラネテス』は千羽由利子さん[注8]とも初めての仕事ですね?
谷口悟朗. はい、メインスタッフとしてはそうです。
Q: 千羽さんはどうやってキャラクターデザイナーとして選ばれたのでしょうか?
谷口悟朗. 実は彼女は『スクライド』という作品でキャラクターのコンペで参加していた。で、その時に彼女は今の『プラネテス』みたいなキャラを描いたんですね。『スクライド』だと作品的にちょっと違うんですけど。ただその時に描いた絵を私が覚えていた。「ああ、ちょっと彼女だったら面白いんじゃないか」と。何かというと大友克洋的リアリティとはまたちょっと違って、違う意味で女性にも色気があったりとか、男性にも色気…大友克洋さんの線はメビウスすぎるというか、ちょっとキャラクターに対して夢がないときもあるんじゃないですか。女の子をもうちょっと可愛くして欲しいなー、とか。(笑)これは私の考えですが、多分漫画としてのアプローチで、そこをうまく処理したのが浦沢直樹さんだと思っています。浦沢さんの『踊る警官』とかは、あの時代の大友克洋的な流れの中にあったと記憶していますから。でも、より一般の人に届くように、キャラのカッコよさや可愛さを考えていったらああなったんじゃないかなと思うんですよ。で、そうじゃないアニメーション的なアプローチでやれるという可能性を千羽さんの絵に感じたんです。
Q: で、千羽さんはアニメーターとしてと作監としての一番いい所はなんでしょうか?
谷口悟朗. アニメーターとしては一流ですからね、同時にそれがデメリットになるときもあって技術職ならではの難しさを知りました。上手すぎるんですよ、千羽さんは。上手すぎるから、他のアニメーターでついてこられる人が少ないんです。集団作業だから、そのあたりのバランスはむつかしい。
で、デザイナーとしての彼女のもっともよい所は、デザインをする時に既存のアニメとか既存の漫画などを発想の出発点としないことです。実は私が最初に用意したのは色んな海外の役者さんたちが載っている男優とか女優ファイルで、それを「このキャラクターこの役者さんでどうだろう」って…そのやり方についてきてくれたので助かりましたし、助けられました。
Q: じゃあ原作よりも役者のファイルを使ってた…
谷口悟朗. そうです。例えば『プラネテス』の主人公たちがいるデブリ課という所の課長さんの体型は、日本的な肥満ではなく、アメリカ人に見かけるような下半身は細いけど、上半身は太っているという体型。漫画やアニメで誰かが記号化した物をなぞるよりは、実際の人の体つきとかを観察して、そこからくみ上げるほうが、そのキャラだけが持っている雰囲気を出しやすい。
Q: で、それを使うと国際的なキャラクターキャストを簡単に作れるのでは?
谷口悟朗. はい、ラビィというインド人キャラクターがあって、ちょっと腰が軽い感じのふらふらしていそうな感じの人はいないかな、とか。(笑)で、あいつは台湾人だから、こんなつくりでで行こうとか、そういうの幅の広さが出せたのはよかったんです。
「作品にとって良かったし、幸せなことでした」
Q: 『プラネテス』はNHKで放送されたのですね。それははじめから決めたのですか?
谷口悟朗. 正しくはNHKのBSですが、決まっていたのははじめからです。はじめからです。なぜかというと『プラネテス』という作品は、当時の日本のアニメーションのビジネス的なラインには乗らなかったのです。ロボットが出てくるわけでもないし、オタクたちが大好きな女の子も出てくるわけでもないし、宇宙のモンスターをやっつけちゃうわけでもない…(笑)
Q: でも、そのハードSFっぽいなものがオタクに人気あるんじゃないでしょうか?
谷口悟朗. これが海外のオタクたちはそういうのを観てくれるんですけど、日本のオタクはSFというジャンルをこうだけで観てくれない時代になっていたのです。SFというジャンルは表現の中心ではなくなってしまった。SFというジャンルは1990年代ごろから表現の中心ではなくなってしまった。代わりにファンタジーや、当時は美少女物と言っていましたが、女の子を眺めるタイプの萌えアニメが主流になっていきました。なので、SFだなと分かる作品で、美少年や美少女も出ないものは、数少ない、主流じゃないアニメが好きな人に見せるしかない。それは、ビジネスと関係がないからNHK。
Q: で、そのNHKで放送されることは現場に影響を与えたのか?スケジュールとか、作り方とか…
谷口悟朗. とても心配していたけれど、スタッフに助けられました。心配したのは、当時NHKのBS2という専門の契約をしないと観られない形で放送していたからです。そうなると普通の一般家庭が観られないからスタッフのモチベーションが下がる危険があったんです。親兄弟にも自慢できないし、アニメ雑誌にも出てくる作品ではないからチームになりづらいかと思ったんですが、幸いに『プラネテス』で集まったスタッフやキャストはそのレベルで仕事をしていない人が多かった。やるべきことをやる、技術を見せられるのなら見せる、という意識をもっている人たちです。それはとても作品にとって良かったし、幸せなことでした。
Q: アーティストとしての代表作を作りたいということですね。
谷口悟朗. 一部の人はそう思ったでしょうね。特にプロデューサーたちがついてきてくれたのはありがたかった。印象深いのはNHK側のプロデューサーだった植原智幸さん。この人はオタクなんです。(笑)だからよく理解してくれました。
Q: 原作を読むと、アニメには多くの変更が加えられましたのね、例えばストーリーの構成とか。それはどうやって決めたのでしょうか。
谷口悟朗. まず、このアニメをやろうとした時に、「原作が足りない!」と気づきました。テレビアニメとしてはね。話を追加するしかない。そしてそれをするためには設定をちゃんと決め込む必要がある。キャラクターも増やさないと、多分必要な長さにはならないという問題があったんです。原作者である幸村誠さんと最初にち打合せをして、私のほうから資料を用意してプレゼンテーションをしたんです。「これこれこういう理由で原作を変えさせてくれ」と。(笑)こういうキャラクターをだしたい、こういうのも出したいとか。(笑)これに対して幸村誠さんがOKと言ってくれました。全部作り終わった後暫くして「よくOKしてくれましたよね」と幸村さんに言ったら、幸村さんから本心か冗談かわかりませんが、「いや、だって僕の話聞いてくれなさそうでしたからあなたは」と言われて。申し訳ないことをしてしまった。(笑)
Q: で、オリジナルのサブキャラは誰が作ったのか?谷口さんか、それとも大河内さんか?
谷口悟朗. 何人かは私の方で、大河内さんも「こういうのも居たほうがいい」、「こういうのもいてくれると分かりやすい」というのを追加しました。
Q: 気になるのは忍者たちですけど…
谷口悟朗. ああ、忍者?忍者はですね、たしか大河内さんです。彼は忍者が大好きですから。(笑)最初私が考えていたのは、月に野球が好きな漫画家がいて、何かあると自分のチームで野球ばっかりやっている。月だから、野球のボールを打つと、なかなか落下しなかったり凄いジャンプで捕球できたりするという表現で考えていたんですよ(笑)でも、ある日漫画の締め切りがやってきて、編集者があわてて「漫画家に漫画を描かせようとする」というアイデアだったんです。
ただ、それだと日本人でも漫画家と編集者と締め切りの関係が分からないかもしれない。もしくは後日に海外に持っていた時に漫画のネタが分かってくれるとしても、野球を知っているかどうかは国によってわからない。じゃあもうちょっとワールドワイドなネタにしようということになって、分かるのは何だろう、忍者?(笑)忍者、忍者、忍者と脚本会議に参加していた皆が言い出して、そしたら忍者になっちゃった。
Q: 始めから海外向けにしようとしたんですか?
谷口悟朗. そうですね、最初から。実はBS放送があったから、放送が日本だけじゃなくて、アジア圏の所でBS放送の受信設備があったら観られたんです、当時。放送後にはヨーロッパやアメリカでも観られるようというのは決まっていましたし。
「SFはごく普通に私のそばにあって共に呼吸していく存在です。」
Q: 現在だとアニメが原作と同じじゃなかったらファンがよく文句を言うのですけど、『プラネテス』は原作と全然違うので、今の時代ではこんな作品は出せると思いますか?
谷口悟朗. こうなりたかったわけじゃないんだけどね(笑)私なりに依頼主からの注文を理解したうえで原作に沿って撮っているつもりなんですけど、例えば「『ONE PIECE FILM RED』だって『ONE PIECE』じゃない」と言うファンもいるみたいですしね。ファンを無視しているつもりはないし、自分のために原作を勝手に変えてしまおうなんて思ったこともないですしね。ただ、全て原作通りなんて言うのはありえないですよ。そういう仕事を望んでいるのなら、それは私の仕事ではないし、そもそも私のところに依頼は来ないと思っています (笑)
原作がアニメと同じ、ということが要求されるかどうかは時代によって変わるのですが、私の中で時代が変わりつつあるかなと思ったのは『名探偵コナン』の一話です。あるルートで見せてもらったのですが、コンテの一部に原作のコマがそのままはってあったんです。とてもショックを受けました。先輩からは「こんなことやっちゃいかん」と言われたのに、この作品ではこんなことをやっているんだ、と思って。『ハチミツとクローバー』という作品のコンテを切った時には、使える漫画の絵は使いましょうね、という時代になっていました。でも、私は「絶対に原作と同じ絵なんか使うか」と思って結局使わずに切ったんです。あのあたりが最後でしたね…以降は依頼主からの注文によって変えています。ただ『ハイキュー』の時は「その絵も使うけどそうじゃない絵も使うよ!」という感じで楽しんで関わらせてもらいました。バランスなんでしょうね、結局。
うーん、でもやっぱり難しいですね、どっちがいいのか。アニメスタッフは好きに勝手をやりすぎちゃう上にまったく違う作品になる場合もあるんですから。でもそれによってアニメーションで独自性が出来て売れた作品もあって、どっちがいいのか分からない。ただ言えることは、アニメは漫画や小説やゲームの下にあるわけじゃないということ。得意とする表現は映像と漫画、もしくは小説、ゲームそれぞれが違うわけだから。大事なことは責任を取る覚悟があるかどうか。スタッフの勝手によってプロジェクトが壊滅した場合、勝手にやったスタッフは責任を取らねばなりません、それは、業界から永久に去る、ということもありえます。漫画原作の場合で言ったら、漫画家さんたちは人生をかけている。なら、スタッフもそれ相応のリスクを取らねばならないと思います。
Q: SFのことにもどりましょう。『プラネテス』を作る前にSFに興味はありましたか?もしあれば何の作品か、作家とか。
谷口悟朗. 私は子供のころから普通にSFを観たり読んだりした世代ですから、身近にあるものでしたよ。小学生の頃から原文ではありませんけど子供向けに訳されていたアシモフやロバート・A. ハインライン、ジェイムズ・P・ホーガンとかは基礎知識として読んでましたし。日本のSF作家というと、当時は小松左京さんとか筒井康隆さん、星新一さんは知っていて当然ですしね。テレビだってSFはいっぱい番組があって、映画も『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』とかも見てましたから、SFはごく普通に私のそばにあって共に呼吸していく存在のようなものです。今も普通にヒューゴー賞やネビュラ賞はチェックしますしね。なので、もしも日本のSF界や特撮の表現が海外の作品に比べて安っぽくなっていかなかったら、私は特撮、SFXの方に行ったかもしれないんですよ。ところが日本の特撮界は一時期予算がなくなっちゃって、安っぽくなっていったんですね。カッコいい作品のトップであったはずの『ウルトラマン』とかも。
対してアニメーションはまだやれそうだという夢があったんですよ。スタッフもそちらの方に集まっているように見えましたしね。なので私は最初のオリジナルシリーズの監督をやった『無限のリヴァイアス』という作品の時にスタッフに言ったんです。『ガンダム』的な見せ方はやめよう!と。『ガンダム』の見せ方は最初の『ガンダム』のスタッフが作ったやり方だから、関係ない作品がそれを使うのはおかしい。我々が作る以上は必ずちゃんと周回軌道があって、無重量空間があってという世界にしよう、と。
Q: 面白い時代でしたね。
谷口悟朗. ええ。ところが一つ残念なことは、それをやろうとしてた時に日本人がSFよりもファンタジーが好きになった。そして、あまり頭を使わないタイプの作品が好きになっていったということですね。良かったこともあって、それはCGが増えてきたことですよ。表現に新しい可能性が出てきましたから。
Q:『プラネテス』に関して宇宙とかの研究をしましたか?
谷口悟朗. しました。脚本に入る前に設定考証やコンセプトデザインの小倉信也さんに頼んで宇宙に関する授業を何回かしてもらいました。で、それを私と大河内さんと千羽百合子さんの三人で授業を受けました。そうすることで、私たちは最低限の知識を持って作業に入ることができたので、やってよかったですね。
Q: あ、丁度小倉さんのことを聞きたかった。どうして小倉さんを選んだのか?
谷口悟朗. 小倉さんは元々アニメから特撮の世界に行った映像畑のプロでしたから、科学的知識を映像スタッフに対してどういう形で伝えると伝えやすいのか知っていたんです。もし、ここに大学の教授とかを呼んできたら、基礎知識がバラバラな人達にどうやって伝えればよいのか悩んでしまうでしょう。でも、小倉さんなら、それぞれが担当する仕事で必要とされる知識はわかるだろう、と。まずは小倉さんに説明をしてもらって、そこから始めようという流れでした。でさらに突っ込んで専門的な質問があったら専門家に聞こう、と。その上で日本の宇宙開発の中心であるNASDA 、今はJAXAという名前になっている所があるんだけど、そこに取材にいきました。
Q: 小倉さんは宇宙船のデザインもやりましたね。
谷口悟朗. はい、そうです。宇宙船のデザインだけじゃなくて、タンデム・ミラーエンジンのデザインだったりとか。タンデム・ミラーエンジンに関しては当時まだ文献とか資料がなかったので、理屈だけで考えて、結局小倉さんの考えは正しかった。
Q:『プラネテス』は歴史を作った作品だと思います。特に海外では『ゼログラビティ』[注9]みたいな作品は『プラネテス』がなかったら生まれないと思いますけど…
谷口悟朗.『ゼログラビティ』はね、私はちょっと言いたいことがあるんです。
何かというと、アレ、日本の興行会社は試写会で私を呼んでくれなかったんですよ。(苦笑)どう考えてもこの作品の内容的に…私ではなくても『プラネテス』のスタッフの誰かを呼んで聞くべき物ではないか、少なくとも原作者の幸村誠さんを呼んでもいいし、誰でもいいんだけど。でもマスコミの誰でも聞きに来ないんですよ、知らないんじゃないの?みたいな。信じられないな…そこでちょっとショックを受けて、「何やってんの日本の興行会社とかマスコミは」と思いつつお金を払って劇場に観に行きました。(笑)私にとっては『ゼログラビティ』のスタッフがやろうとしたことは理解しやすかったし良かったですよ。デブリのスピードはもっと早いんだけど、あれ以上早くすると映像に残らないようになっちゃうし、しょうがない部分もひっくるめて。
Q: 磯光雄監督の『地球外少年少女』[注10]を知っていますか?『プラネテス』の影響を受けたでしょう?
谷口悟朗. 知ってます。あれはちょっと関わってた人に聞いてたんですけど、最初の磯さんは『地球外少年』にしたかったらしいです。ただその時に、スタッフから『プラネテス』での「地球外少女」というタイトルが有名であって変えたほうがいいんじゃないかと言われて少し修正したと。だから多分磯さんは『プラネテス』とは関係なくて、ただ結果的に同じ発想でアプローチしたからそうなったんだと思います。磯さんから直接聞いたわけじゃないから、本当かどうかはわからないですけどね。
「監督としては他の人の面倒を見なきゃいけない」
Q: では、『コードギアス』の方に進んでいきましょう。『コードギアス』は元々谷口さんと大河内さん二人だけの物だったそうですけど、どこからはじめたんでしょうか?
谷口悟朗. 一番最初は、私はいなかったんです。『プラネテス』の湯川プロデューサーと河口プロデューサーが大河内さんに相談してるところからはじめたそうです。当時私は『プラネテス』のラストあたりを作業していてとても忙しい時期だったんですよ。だから、三人だけで会議していたらしいですね。私には、いそがしい作業が終わった後、『プラネテス』の音をミックスしている時に、河口プロデューサーから話がありました。休憩時間中でしたね。オーダーを受けた私は、じゃあまず全員で会議をしようというところから始めました。何回か会議をした内容を大河内さんがまとめて、それをプロデューサーがテレビ局に提出するための企画書にしてテレビ局に出向いたんです。私たちは期待しながら結果を待ったんですが、ダメでした。他の作品に負けたんです。相手は、河口プロデューサーの元上司であるボンズの南プロデューサーが持っていた企画でした。
Q: ええ。でその後、その企画書を書き直したんですね?
谷口悟朗. 負けたので、放送時間は深夜になりました。大河内さんからは、深夜ではプロデューサーの依頼にこたえられないから、この企画からは撤退しよう、諦めましょう、なかったことにしようという話も出たんですが、私は企画のためにスタッフを何人か呼んだし、CLAMPさん[注11]との仕事をこれでおしまいにするわけにはいかないから困りましたね。
Q: CLAMP先生はその時もういましたか?
谷口悟朗. ええ。なので、まさかテレビ局のプレゼンで落ちると思わなかったんですよ。
ともかく、監督としては呼んでしまったスタッフの面倒を見なきゃいけない。企画がなくなったのなら代わりに何かの作品を与えないと彼らの生活が成り立たなくなってしまうからです。すでにスタジオには木村貴宏さん[注12]や寺岡賢司さん[注13]、岩沢れい子さん[注14]など『ガン×ソード』の時のスタッフが入り始めていましたから、今すぐになんとかしないといけない。そういう話を大河内さんにしたら、「僕も残りますよ」ということになった。そこから慌てて全面的に作り直したら今の『コードギアス』になったんです。
Q: 最初の企画書はすでに『コードギアス』というタイトルがあったんでしょうか?
谷口悟朗. その時にあったのは『ギアス』というタイトルだけでしたね。『コード』の部分はなんにも付いていないです。
Q: 世界観とか、話とかは何でしたか?何をしたかったんですか?
谷口悟朗. いくつか想定していたうちの一つは、独裁政権の軍事国家で、兵士になるための学校にいれられている仲がいい二人がいて、そのうち一人が男の教官にレイプされるところから始まるお話でした。友人と二人で計画して教官を殺そうと考える。でも教官殺しをしたらその二人も死刑なわけで、どうすればいいかみたいな話しですね。そこで能力を手に入れるか、もしくは兵士としてとても優秀であることを証明されて、死刑の代わりにいつ死んでもおかしくない戦場に送り込まれたり、そういう感じの展開もあり得たでしょうね。
Q:『コードギアス』には兵士の話しは残ったんですけど、貴族のキャラクターも出るんでしょ。それはもしかして『銀河英雄伝説』[注15]から影響をうけたのか?
谷口悟朗.『銀河英雄伝説』か、なるほどー。『銀河英雄伝説』は私も大河内さんも読んではいましたし、映像も観てはいました。でもその指摘は初めてですね。(笑)それは本当に考えてなかった。ちなみに私が一番好きなのは、ヤン・ウェンリー。
Q:『コードギアス』の黎星刻はやっぱりヤン・ウェンリーに似てる。
谷口悟朗. あはははは。 意識していない所から、私の好みが出たのかもしれませんね。
で、貴族の話って多分CLAMPさんがスタッフにいたから付け加えた要素ですね。あと、作品世界を地球にしようと思ってたからですね。最初は舞台をまったく違う星にすることも考えたんですけど、でもそうするとSFとしての表現が強くなって海外の人は観てくれるけど、日本のお客さんが減る可能性がある。それは、この作品では困るなぁと考えました。
だから、舞台を地球、日本にしよう。オーストラリアやアフリカを敵にしてもよかったんだけど、日本のお客さんが理解しやすいのはアメリカだから、敵はそこから来ることにする。そして今のアメリカをそのまま敵にするのは面白くないからイギリスがアメリカを征服しちゃっていたら、という感じで考えていったんです。スペインとポルトガルもありえたんだけど(笑)イギリスの人なら洒落がわかってくれるんじゃないかな(笑)
Q:『コードギアス』はイギリスで人気があるのかどうか分からないですけど…
谷口悟朗. 私にも分からない。でも分かってくれるんじゃないかな。(笑)
Q:『コードギアス』では二人の主人公であるルルーシュとスザクです。あの二人の関係性はちょっと『ガンダム』のシャアとアムロに似てる気がするけど…
谷口悟朗. ああ、それは違います。シャアとアムロと違って、ルルーシュとスザクは昔の一夏を一緒に過ごした幼馴染みたいな関係性に近いように捉えているんです。アイデンティティが形成されていく時期に基礎となった出会いであり、互いにとって昔のことは楽しい経験、つまり楽園。なのでそっちではないですね。
Q: でもルルーシュとスザクの関係をおいて、ルルーシュだけはちょっとシャアに似てる気がするんじゃないですか。貴族から来て、家族の復讐を探して…あとスザクのロボットも白いロボットだし、それは主人公のロボットじゃないですか?
谷口悟朗. それは外から見た要素であり、人物形成の内面的な要素ではないんです。確かに外から見た要素に近いものは多いのかもしれません。だけど、外から見た要素という意味では私の中で想定していたのは『ガンダム』よりは「スターウォーズ」に近かったんですね。スザクが最初に白いロボットに乗ってて、で最後に黒いロボットに乗るというのはどうだろうと考えていたんですよ。ルーク・スカイウォーカーみたいにイメージカラーが変わっていく。それに対して主人公もダースベイダーじゃないけど、最初は黒い状態で最後は白い状態になっちゃって、という感じですね。
Q: じゃあ、プリンセスレイヤは誰でしょうか?
谷口悟朗. あえていうとナナリーになりますね。彼女だけ作品内の第三者が観たときにキャラとして筋が通っている部分、軸が変わらない。あー、J・J・エイブラムスによる作品、エピソード7以降じゃないレイアですね。(笑)
確かに言われる通りルルーシュはシャアと同じ要素を持っているかもしれません。今言われて「あぁーなるほどー」と思いました。ただ、私は貴種流離譚の変形だと思っています。ヒーローズ・ジャーニーと言えばいいですかね?物語のパターンとしても『ガンダム』ではなく、私が大河内さんに言っていたのは『仮面ライダー』です。『仮面ライダー』の首領様がルルーシュみたいに、最初は頑張って悪の組織を作る、でも偶々幼馴染が仮面ライダーになって潰しに来る。(笑)どれだけ良い戦略や作戦を立てても仮面ライダーのパワーに突破されてしまう。(笑)そういうイメージだったんですね。
Q: 面白いですね。(笑)ありがとうございます。
「『コードギアス』を特別枠にさせてもらいました」
Q: 『コードギアス』って、矢立肇のクレジットがないでしょう。サンライズ作品なのに、それはどうしてですか?
谷口悟朗. 矢立肇というのは、元々サンライズという会社と、作品に関わったフリースタッフのペンネームですね。共同のペンネーム。ところが、途中から富野由悠季さんや高橋良輔さんの権利を認めたことによって意味がややこしくなってきたものなんです。『ガンダム』だと表記が矢立肇と富野さんの両方になっちゃって。で、想像ですが、そのうちサンライズの社員さんたちが段々「これはうちの会社のペンネーム」だという意識を持ちはじめたんだと思っています。『スクライド』の時に表記でもめましてね。私は『スクライド』に矢立肇というペンネームを入れるのをやめてくれといったんですけどね。その時にもう矢立肇という表記は共同ペンネームというよりはサンライズという会社のペンネームという意味になっちゃったから。それに歴史がありすぎて古い。それにね、『スクライド』の話は元々私と脚本家の黒田洋介さんが企画したものであって、それをサンライズがあとからどうこう言うのはおかしい。それは変でしょうともめたことがあったんですね。なので『コードギアス』の時は矢立肇という名前を絶対に使わないようにしてもらったんです。今はサンライズはブランド名になってしまって会社としてはフィルムワークスと名乗っているから、ますます矢立肇は自社の名前だと思っている社員はいっぱいいると思いますよ。それだったら、今頃は私と大河内さんはプロジェクトから外されていたでしょうね、完全に。ここを理解して矢立肇を使わないということに賛同してくれた当時のサンライズの人たちに感謝です。
Q: じゃ、サンライズの作品の中で『コードギアス』はちょっと特別ですね。
谷口悟朗. そうです。特別枠にさせてもらいました。それは、私がサンライズに利益を与えていたからです。
Q: ちょっとCLAMP先生の話しに戻って、最近の新文芸坐のイベントで谷口さんは木村貴宏さんがCLAMPのデザインに似合うとおしゃっていましたね。そのことに関して説明をしてくれませんか?どうしてそんなことを考えてきたのでしょうか?
谷口悟朗. まず、CLAMPさんといえばやっぱり独特の頭身ですよね。高い頭身バランスで絵にするためには大友克洋さんみたいなアプローチでは無理ですね。そうすると、そうではない捉え方が必要です。そして、それは気持ち悪いレベルになっちゃうといけないんですよ。(笑)人間だとカッコいと思うレベル、でそこはスタイリッシュでなければならない、それも尾田栄一郎さんのようなスタイルとも違う形で。さらに必要なことはどこか記号化することができるということですね。「このキャラクターは胸が大きいんだ」とか「このキャラクターは横から見ると体の軸がカーブしているんだ」など、集団作業として表現できる記号。特にテレビはそういうところこそが大事なんです。さらに言うと「コードギアス」という作品ではより多くのアニメーターの力を必要としていたから、多くの人に尊敬、リスペクトされている人がいい。そのすべての条件を完全に兼ね備えている人が木村さんだったんですよ。
で、さらにすごいところがあるから驚きです。木村さんは私が会ったアニメーターの中でトップレベルで脚本を読み取る能力と自分に要求されていることを認識する能力が高い。つまり脚本を読んだだけで「あぁ、このキャラクターはこう演じるんだろうな」とか、「こいつはヒロインに次ぐくらい可愛いほうがいいかな」…とかね。
Q: 脚本を読むだけでアニメーションがさらに良くなると…
谷口悟朗. そう。おそらく映画の『ハリーポッター』を観てなくても木村さんだったら小説の『ハリーポッター』を読んだだけでハーマイオニーを可愛くしてきます。原作を壊さない範囲でね。そして、ジニー・ウィーズリーには別のタイプの可愛さか奇麗さを足すでしょう。そうした方が読みやすくなる。そうすることだけで多くの人が作品に興味を持って好きになる。千羽百合子さんの場合は役者としてのアプローチが大きい。なので、作品の土台を木村さんに作ってもらって、そこからさらに発展させる能力に優れた千羽さんや中田栄治さん、中谷誠一さんがまわりをかためる、という布陣になったわけです。
Q: で、別の意味で『コードギアス』には色んなサービスがあるんですね、特にエッチの。木村さんにデザインをさせるのはそれを持ち込むための手段だったんでしょうか?谷口さんはそのサービスのことをどう思いますか?
谷口悟朗. 映像には、エロとグロテスク、暴力は大事な要素です。それをサービスするのは何もおかしくありません。ただ、サービスというのは人によっては間違えてしまった過剰のサービスになってしまう時があります。それは、もうサービスじゃなくなるんですね。下手すると、自分が楽しむだけのサービスになっている。それはスタッフには求めていません。観客が作品やキャラを好きになったり楽しめるために必要なサービスはやるべきだろうと思います。あと、サービスは第一優先ではなくて、第二か第三優先だと思います。
木村さんはそのサービスをやりながら、やらねばならないことを全部理解してきた人だから、私は彼に注意する必要はないんです。しかも、私の中にはない楽しませ方、絵でしか伝えられない面白さを木村さんは理解をしていた。多分私が普通にやっちゃうと女性キャラクターって胸のサイズは小さくなることが多いんですけど、木村さんはデカくしていくの。(笑)
Q:よくわかります(笑)サービスの話を続けると、『コードギアス』はピザハットとのコラボが出たんですね。それは成約だったのか?それともキャラクターと世界観で遊ぶチャンスだったんでしょうか?
谷口悟朗. 最初はプロデューサーのほうからスポンサードの一部をやってもらいたいからピザを出して欲しい、と言われました。ただ、出すのなら『コードギアス』の世界に説得力を持たせたかった。作品によってはなんでこんなもんにこれが出てくるの、というものもあるから。(笑)それに、どうせ出すんだったら、もっときっちり出してあげたいと、中途半端じゃなくて。で始めちゃったら楽しくなって、みんなが遊び始めて。(笑)
「『コードギアス』はサンライズにとって大事なプロジェクトではなかった」
Q: ありがとうございます。(笑)『コードギアス』の放送はちょっと難しかったけど、何が起こったのかを説明してくれませんか?
谷口悟朗. もともと制作会社、サンライズにとっては大事なプロジェクトではなかったんです。そのため、最初は色んなスタッフが集まっていてくれても、制作する場所が整っていなかったんです。他の制作スタジオの一部だったり、元はコンビニだった場所を使ったりしてね。何とか頑張ったんだけど、やっぱり限界が来まして、最初の限界のところが8話でもう「終わらせよう…」みたいな。(笑)私たちがお客さんに対して届けられるクオリティーにならないんじゃないかと考えたんですよ。プロの仕事としてそれはまずいって。それに対してプロデューサーが「いや、待って」と、多くのファンたちがもうついていると、その声も届いている、だからなんとか踏ん張ってくれないかな、と。プロデューサーも経営陣に相談して、会社としてもっと協力させる、というわけですよ。それでともかくまず前半の所まで放送して一回お休みしてそこから、また踏ん張ろうっと。確かにプロデューサーはちゃんとしたスタジオを用意してくれました。その前まで使っていたスタジオは映像をチェックする場所も会議する場所もない。脚本の打ち合わせは近くのマンションの部屋でしたからね。ちゃんとしたスタジオを用意して、ここからやっていきましょうと、思ったんです。でもね、今度は別の問題が発生しました。売れすぎたから、途中でゲームを作ったり色んな商品を出したりとかして、スタッフがいそがしくなってしまってアニメの作業がなかなか始まらない。それに、テレビ局もうれしくなったのか「新しい放送時間に変えます!」と言いだした。こっちからするとよくないんですよ、客層も変わってしまいますし、どうしようみたいなことになった…ものすごく大変だった。
Q: R2の時にもストーリーがリセットされたんですね、それはどうしてですか?
谷口悟朗. まず大きいのは、さっき話したように日本での放送時間が変わったということですね。当初の予定では最初に放送していた時間帯で続きを放送する予定だった。でも、あまりにも人気がですぎたので放送時間帯を変えて夕方の放送、それも新しく枠を作りますってことになってしまいました。ここまでやるとお客さんが変わっちゃう可能性が高いんですよね。新番組として作らないと、お客さんが「何?このアニメ」みたいになっちゃうから。どう言えば良いかな、ネットフリックスでやってたのに続きはディズニープラスでみたいな(笑)
素直に続きを観てみたい人もいるし、でもそれがないと話しが分からない人もいるし、どうしよう? 自分たちなりにああでもないこうでもないと会議し続けることになりました。
Q: でも、『コードギアス』の元々の続きに関しては別の企画があったんでしょうか?
谷口悟朗. そうです、元々は違う形で進みたかったんですけれども、それはちょっとだめだということで、使えなかった。最初に考えていたのはそのまま素直に続けるつもりだったんですよ、ルルーシュは捕まって、実は殺されるわけではなく、重要犯罪人として捕まってる。A級テロリストという形で、深海の所に部屋を作られて、幽閉されている、というのも用意していたんですよね。そのアイデアは使えなくなってしまったんですが。ちなみに、このネタの一部を『アクティヴレイド』で使いました。一期の敵が二期でいるところとして。(笑)
「強いですね、『スパイダーバース』は」
Q: 『コードギアス』はある意味で手書きメカの黄金時代の最後の作品と言えるんですね。谷口さんは今ポリゴンピクチャーズと一緒に働いているので、現在の日本のCGアニメの状態と未来の可能性に関してはどう思いますか?
谷口悟朗. まずは日本の手描きアニメーションという物はほぼ技術的に行き付くところまで行き付いたのではないかと思ってます。私の中ではそれが完成したのは、沖浦監督の『ももへの手紙』のあたり。今は撮影や特効、色彩など他のセクションが技術を伸ばして行っている時代です。CGもそうですね。
でも、CGアニメの方は日本では他国のようにお金をかけることが出来ないから、やりたくでもできないという意味で遅れを取っていました。結果として手描きアニメと同じくリミテッドCGアニメと言えばいいんでしょうか、表現に優先順位をつける、という発想で方向性を探っていて、それをもう少しやったら花開くと思っています。まだ技術的には手描きアニメーションにたいして追いついていないけど、それは当然なんです。でも、手描きアニメが何10年もかけてたどりついた領域に、手描きアニメのノウハウも利用することで短い時間で追いつきつつある。そして、CGアニメーションには二つにアプローチの仕方がある。一つはアクションを頭で考えて動かしていくやり方と、もう一つはモーションキャプチャーなどを使って実写に近いアプローチで撮っていくやり方。アプローチの仕方が複数あるということは、将来の可能性があるということです。ポリゴンでいまやっていることは動きを考えながら、むつかしいところは自分たちで芝居をして動いてみて、それをムービーに撮って参考しながらやってみるという手描きアニメーションでやったアプローチに近いことに挑戦してもらっています。つまり、日本のアニメが出来上がってきた歴史を、もう一度繰り返しているんです。多分このような試行錯誤を業界全体でしていくことで新しい日本の手描きアニメに変わる表現が生まれてくるだろうと考えています。そして、それが手描きアニメにとっても新しい技術を獲得していく突破口になってくれるんじゃないかと期待しています。
Q: でも、海外のCGアニメと日本のアニメの話しをすると、アメリカのCGアニメを観ると日本の手書きアニメの影響が強いんですね。
谷口悟朗. 強いですね、『スパイダーバース』[注16]だったりとか。
Q: 新しいCGと手書きの組み合わせは可能でしょうか?
谷口悟朗. 悔しいです、正直。先にやられるというのが。アメリカ的な手法に日本的な表現を取り入れていくというのは、貪欲で凄いことだと思います。『スパイダーバース』だけじゃなく、いろいろな作品が私たちがこえていかねばならない壁だと思って受け止めています。それは『アーケイン』[注17]だったり『ロングウェイノース』[注18]『ウルフウォーカー』[注19]とかやっぱりそういった作品群はとっても刺激になりますし面白いですね。
Q: 特に今の時代では中国のアニメーションが凄いし、かなり増えているんですね…
谷口悟朗. そうです。中国のアニメーションは例えば『羅小黒戦記』[注20]とかちょっと乱暴なところもあるんだけど、やっぱり元気でパワフルです。アニメーションの楽しさの一つでもありますね。で、そういうものに対して日本のアニメーションはちょっとお上品になってるのではないのかという反省はあります。なので出来れば日本のアニメーションが間違っても全員がジブリを目指さないでほしい。(笑)
Q: 日本のアニメの面白い所は色んな種類があるってことですね。
谷口悟朗. そうですね、私もそう思います。色んな種類があってその多様性こそが日本アニメーションの良さなんだから、そうなっては欲しい。アメリカのCGアニメのところでちょっと残念だったりするのは反社会的な物が少ないってことでしょうか。社会的な問題があると、みんなが同じ方向を向くときがある。普通の映画もそうだったりするから、これはアメリカならではの社会的問題とかポリティカルなものもあるんじゃないかと思うんだけど、でもそれは多様性を増やす方向に向かってほしい。やっぱりアメリカのアニメーションにも日本のアニメーションに影響を与えてほしい、そういう存在であって欲しい。それは中国もそうだし、韓国のアニメーションとかも全部そうです。そして、やっぱりフランスはシャルル・エミール・レイノーやエミール・コール[注21]という人たちから始まる歴史を持つ国なんだから、もっと注目していきたいですね。
Q: 今もフランスのアニメーターたちが頑張ってる。
谷口悟朗. そうですね。やっぱり、そういった作品群のフランスを観て面白いなと思っちゃうし、刺激になるから、そういった物を刺激に与えてくればこっちも刺激でこうして返してあげたいんだよって、そういう関係性でいたいですよね。まぁ、ここまで言っておいてなんだけど、将来的にはアニメは国という壁を突破してほしいと願っています。
Q: 海外の話を良くしましたけど、谷口さんの作品は海外でも大人気になって、それはなぜだと思いますか?結局なんで谷口さんの作品は海外でも売れるのでしょうか?
谷口悟朗. ありがたいお話だと思ってます。その答えになるかどうかは分かりませんが、私は最初から日本のオタクにだけ向けた作り方はしないようにしようと思っていました。そして、その先に海外の観客たちがいる。『無限のリヴァイアス』からずっとそうです。『スクライド』や『プラネテス』でははっきりと言いました。我々が戦うべきなのは同じアニメではない、それは同時期に放送される実写ドラマであったりニュースやスポーツ番組であったり、歌やゲームなどみんながエンターテインメントだと思うすべてのものであるわけです。そして、それは日本に限っての話しではなくて、海外のお客さんに対するすべてだと思っているんです。それは実際に初めて海外のお客さんに会った時にも強く思いました。「アニメエキスポ」というアメリカのイベントの時ですね。
日本のオタクのマーケットは段々縮んでいくわけです。人口とかも減っていくから。つまり、世界に出なければ先がない。日本には「覇権アニメ」という言葉があるんですが、私はこれが大嫌いなんです。アニメを狭い世界に閉じ込めようとしているようでね。日本アニメが相手にするのは、同じ日本アニメじゃないんです。少しでも世界の人たちに楽しんでもらえるといいな、一つでも多くの作品を世界に持っていけるのなら持っていきたいと思っています。高橋良輔さんとか富野由悠季さんなどアニメーター出身じゃないのに活躍してこられた大先輩たちが、やろうと思っていたのにできなかったことがあるはず。それに挑戦するのが、私の、アニメ業界に対する恩返しだと思っています。成功するかどうかはわかりません。でも挑戦しなければ、そのあとに続く人たちに道は開けない。アニメーター出身のやり方は、同世代だと細田守さんとか沖浦啓之さん、磯光雄さんなどが切り開いていくんだと思うんです。私はそうじゃない道を開拓せねばならない。それぞれが頑張っているからこそ日本のアニメーションはまだ耐用性があって元気があると思ってやっている。それが少しだけでも海外の人たちに届いてくれると嬉しいです。
脚注
1. 高橋良輔 (1943-). 監督、プロデューサー. スタジオサンライズに関わる最も重要な監督の一人で、『太陽の牙ダグラム』や『装甲騎兵ボトムズ』などのリアルなロボットシリーズで知られる。 1960 年代初頭にキャリアをスタートしたにもかかわらず、現在も監督として活躍しています。
2. 富野由悠季(1941-). 監督. アニメ史上最も重要な監督の一人。 『鉄腕アトム』でキャリアをスタートさせた彼は、『ガンダム』シリーズの生みの親、そして日本を代表するSFクリエイターの一人として最も有名である。
3. 高畑勲(1935-2018). 監督. 最も影響力のある日本のアニメーション監督の一人であり、スタジオジブリの共同創設者。 その作品は、特にそのリアリズムで知られています。 代表作には『アルプスの少女』『火垂るの墓』『かぐや姫の物語』などである。
4.『アルプスの少女』. 1974年のテレビシリーズ、日本アニメーション、高畑勲監督. スイスのヨハンナ・スピリの小説を原作とした、高畑勲監督の世界名作劇場シリーズ3作のうちの1作目。 画期的な日常描写とリアルな演出により、アニメ史上最も影響力のあるテレビ番組の 1 つ。
5.『赤毛のアン』1979 TVシリーズ、日本アニメーション作品、高畑勲監督。高畑監督の世界名作劇場3作品の最後のシリーズである。高畑監督の極めて高い完璧主義が、スケジュールやスタッフの健康状態に影響を及ぼす、極めて難しい作品となった。
6. 『セロ弾きのゴーシュ』1982年の映画、Oh!プロダクション作品、高畑勲監督。高畑勲の自主制作、作画は才田俊次による一人原画作品。宮沢賢治の物語を原作としたこの作品は、さまざまな動物から音楽を教わるチェリストのゴーシュの物語。 高畑作品の中であまり知られていない作品であるが、最も詩的な作品でもある。
7. 大河内一楼. (1968-). 脚本家.『プラネテス』、『コードギアス』の脚本家。他の代表作は『オーバーマンキングゲイナー』、『甲鉄城のカバネリ』、『機動戦士ガンダム 水星の魔女』など。
8. 千羽由利子. (1967-). アニメーター、キャラクターデザイナー. 『プラネテス』のキャラクターデザイナー、『コードギアス』のメインアニメーター。 谷口悟朗の緊密な協力者である千羽は、日本で最も有名な女性アニメーター。 千羽の作品は、そのリアリズムと細部の感覚が特に高く評価されています。
9. 『ゼロ・グラビティ』2013映画、アルフォンソ・キュアロン監督.サンドラ・ブロックとジョージ・クルーニー主演のこの SF 映画は、シャトルが宇宙デブリに衝突され、地球周回軌道上で取り残された宇宙飛行士を描いています。 その特殊効果は広く賞賛され、アカデミー監督賞を含む多くの賞を受賞しました。
10.『地球外少年少女』2022シリーズ、プロダクション+h作品、磯光雄監督.デビューシリーズ『電脳コイル』から数年後、磯光雄の2度目の監督作品。 宇宙ステーションで自力で生き延びなければならない少年少女を描く、野心的な近未来の物語。
11. CLAMP. 1987年から活動する女性漫画家4人組。代表作に『RG ヴェーダ』、『X/1999』、『カードキャプターさくら』など。『コードギアス』のキャラクター原案を担当。
12. 木村貴宏(1964-2023)。 アニメーター、キャラクターデザイナー。 『コードギアス』キャラクターデザイナー。 1990 年代後半から 2000 年代初頭にかけてサンライズで『勇者王ガオガイガー』などの作品で有名。 木村のデザインはその色気で知られている。
13. 寺岡賢司 (1962-)。デザイナー。『コードギアス』コンセプトデザイン、メカデザイン担当。
14. 岩沢れい子。『コードギアス』色設計担当。
15. 『銀河英雄伝説』. 1988-1997年のOVAシリーズ、石黒昇監督. 田中芳樹の有名なスペースオペラ小説シリーズの翻案で、最初のアニメーション化は史上最長の OVA シリーズである。 今でも宇宙戦争と戦略の描写で高く評価されています。
16. 『スパイダーマン:スパイダーバース』。 2018年映画、ソニー・ピクチャーズ・アニメーション作品、 ボブ・ペリスケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン監督。 2010年代で最も重要なアニメーション映画。2D と 3D アニメーション技術の融合により、米国のアニメーションに革命的な影響を与えました。
17.『アーケイン』 2021 ウェブ シリーズ、Fortiche作品、 パスカル・シャルーとアルノー・デロード監督。 リーグ・オブ・レジェンドの世界を舞台にしたシリーズ。ここ数年の最高のアニメ シリーズの 1 つであると考えられています。 『スパイダーマン: スパイダーバース』と同様、2D と 3D アニメーションの融合が注目に値します。
18『ロング・ウェイ・ノース』 2015年の映画、Sacrebleu Productions、 レミ・シャイエ監督。 フランス人監督レミ・シャイエによる初の長編作品で、19 世紀に北極を旅するロシアの少女の物語。
19.『ウルフウォーカー』. 2020年の映画、Cartoon Saloon作品、トム・ムーアとロス・スチュワート監督. トム・ムーアのケルト三部作」の3番目で最後の作品。少女と狼男が仲良くなる物語。
20.『羅小黒戦記』 2019年の映画、ジョイ・ピクチャーズ作品、 MTJJ監督. 中国のアニメーション映画。 中国および世界市場における中国の 2D アニメーションの躍進を表しました。
21. シャルル・エミール・レイノー、エミール・コール。 フランスの監督、19 世紀後半から 20 世紀初頭のアニメーションの先駆者。
このインタビューは、全文を無料でご覧いただけます。なお、このような記事を今後も出版できるように、ご支援をお願い申し上げます。
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